第229話 浜の真砂は尽くるとも
文字数 2,071文字
「何でそんなことを……」
厄介ごとの臭いしかしないんじゃ……。ん? でも真久部さん、さっき言ってたな──。
躾に利用のトラウマ植え付け、盗癖ある人に効果的。
「ひょっとしてあの蔵──“泥棒製造機”じゃなくて……実は“盗癖矯正機”、だったとか……?」
恐る恐るたずねてみると、あっさりうなずく真久部さん。
「たぶんね」
「……」
俺、思わず無言。製造機だろうと矯正機だろうと、突飛なことには変わりはないけど──、意味は全然違うと思う。
「水無瀬さんの御祖父様は、蔵の特性をよく知った上で、ふさわしい利用の仕方をされてたんだと僕は思うんですよ。蔵自体はただの“うるさ型の顔役気取り”だけど、穴のあるセキュリティでもその穴を衝かれさえしなければ、あのおどろおどろしい家鳴りはじゅうぶん防犯に役立つ──。ただそれだけなのだとしても、歪んだ性癖を矯正する助けには、なる」
「そう、ですね……」
俺もうなずいた。
セキュリティの穴といっても──こっそり盗みに入った場所で、コレ持って行こう! とかわざわざ口に出す泥棒なんてあんまりいないだろうし。盗みを働いた直後にあの家鳴りを経験したら、さすがに“今のは自分が悪かったのか”くらい思うはず。いや、思ってほしい……。
「書付を調べていて気づいたんですが、<白浪>付きの中にひとつ、繰り返し何度も現れる名前があるんです。その人はきっと、一回では盗癖が直らなかったんだろうね。だけど、あそこの蔵はただ怒るだけであって、祟りをなしたりはしないから……一度で懲りなかった者が、二度め、三度めで懲りたかどうか──」
ふうっ、と溜息を吐く。
「その名前は最後には縦線が引かれていて、脇に一句、『石川の浜の真砂を慕うらむ 砕けて落つる不尽の白浪』と。──これはかの大盗賊、石川五右衛門の辞世の句、『石川や 浜の真砂は尽くるとも 世に盗人の種は尽くまじ』から取ったものだろうねぇ。盗みを止めることができず、石川五右衛門のようにに身を滅ぼした──そういう意味でしょう」
どこからともなく取り出した万年筆で<不尽>と、やっぱりどこからともなく取り出したメモ帳に書いてくれる。あ、これ、古文の教科書でよく見たやつだ。<不尽山>とか<不尽の高嶺>とか……意味は<不>が英語の<not>に当たるから、<尽きない>。そこから解釈すると……まあ、真久部さんの言うとおりだよなぁ。
「その名前の下に付けて、さらに添えられていたのが<寺>と、ただ一文字。それまで何度かその者が転入し、転出して行ったときには無かったし、<白浪>付きでなくても、他のどの名前にもそういうのは無いんですよ」
「寺、ですか……。水無瀬家に身を寄せているあいだに、亡くなったんでしょうか……」
「そうかもしれないし、あるいは、素行の悪さが直らないので、どこか山奥のお寺にでも預けられることになったのかもしれない。添え字だけでなく、そんなふうに名前に消し線を入れられているのもその一人だけなので、想像するしかありませんが──」
「……」
病気とかで普通に 亡くなったか、どっかのお寺に預けられたんだって思っとこ。下手に考えると、こわ──。
「まあ、最後に盗んだものに、障られでもしたのかもしれませんねぇ」
怖いこと、軽く言ってくれちゃった。いつもの、怪しい笑みで。
「……」
俺が思わずカチンと固まっていると。
「あ……。大丈夫ですよ、何でも屋さん! 先日の“実験”のとき改めて確認しましたけど、あそこの蔵には、そこまで**の強いものは無いようですから。名前に縦線の人が障られるか祟られるかだったにしろ、水無瀬家で盗んだものが原因じゃないと思いますよ?」
うちの店で店番出来る何でも屋さんなら、どうってことないですから、とちょっと慌てたように“水無瀬家の蔵は安全です”アピールをする、怪しい古道具屋店主……。そりゃ、この店 に比べたらね、と俺はそっと小さく息を吐く。
「──その辺りのことについては、真久部さんを信用してますから……」
この先、月に一度は通うことになる場所について、あんまり怖い情報はいらないよ真久部さん──強いって何が? いつもぐにゃっとしてそこ聞き取れないんだけど……なんてこと。たずねたりしないよ、俺は。
「ありがとうございます」
何やらホッとしつつ、少しだけ気弱な笑みを見せた。そんな顔も──胡散臭いなぁ……。まあ、これがこの人の標準装備の表情なんだけども。
「えっと、つまり。水無瀬さんのお祖父さんは、自分ちの蔵を利用して……ある意味、人助けをしていたということなんですね? 盗み癖なんかあったらどこへ行っても爪弾きにされるし、運良くどこかで雇ってもらっても、やらかしちゃってすぐ放り出されるだろうし。それで前科が付いたりしたら、自業自得にしろまともな人生を送るのが難しくなってしまいますもんねぇ……」
農家か商家か職人くらいしか、庶民の就けるまともな仕事が無かった時代──。ノブレス・オブリージュのように、水無瀬家のような大きな家が自力で食べていけない居候や食客を養っていたような時代なら、なおさらのことだ。
厄介ごとの臭いしかしないんじゃ……。ん? でも真久部さん、さっき言ってたな──。
躾に利用のトラウマ植え付け、盗癖ある人に効果的。
「ひょっとしてあの蔵──“泥棒製造機”じゃなくて……実は“盗癖矯正機”、だったとか……?」
恐る恐るたずねてみると、あっさりうなずく真久部さん。
「たぶんね」
「……」
俺、思わず無言。製造機だろうと矯正機だろうと、突飛なことには変わりはないけど──、意味は全然違うと思う。
「水無瀬さんの御祖父様は、蔵の特性をよく知った上で、ふさわしい利用の仕方をされてたんだと僕は思うんですよ。蔵自体はただの“うるさ型の顔役気取り”だけど、穴のあるセキュリティでもその穴を衝かれさえしなければ、あのおどろおどろしい家鳴りはじゅうぶん防犯に役立つ──。ただそれだけなのだとしても、歪んだ性癖を矯正する助けには、なる」
「そう、ですね……」
俺もうなずいた。
セキュリティの穴といっても──こっそり盗みに入った場所で、コレ持って行こう! とかわざわざ口に出す泥棒なんてあんまりいないだろうし。盗みを働いた直後にあの家鳴りを経験したら、さすがに“今のは自分が悪かったのか”くらい思うはず。いや、思ってほしい……。
「書付を調べていて気づいたんですが、<白浪>付きの中にひとつ、繰り返し何度も現れる名前があるんです。その人はきっと、一回では盗癖が直らなかったんだろうね。だけど、あそこの蔵はただ怒るだけであって、祟りをなしたりはしないから……一度で懲りなかった者が、二度め、三度めで懲りたかどうか──」
ふうっ、と溜息を吐く。
「その名前は最後には縦線が引かれていて、脇に一句、『石川の浜の真砂を慕うらむ 砕けて落つる不尽の白浪』と。──これはかの大盗賊、石川五右衛門の辞世の句、『石川や 浜の真砂は尽くるとも 世に盗人の種は尽くまじ』から取ったものだろうねぇ。盗みを止めることができず、石川五右衛門のようにに身を滅ぼした──そういう意味でしょう」
どこからともなく取り出した万年筆で<不尽>と、やっぱりどこからともなく取り出したメモ帳に書いてくれる。あ、これ、古文の教科書でよく見たやつだ。<不尽山>とか<不尽の高嶺>とか……意味は<不>が英語の<not>に当たるから、<尽きない>。そこから解釈すると……まあ、真久部さんの言うとおりだよなぁ。
「その名前の下に付けて、さらに添えられていたのが<寺>と、ただ一文字。それまで何度かその者が転入し、転出して行ったときには無かったし、<白浪>付きでなくても、他のどの名前にもそういうのは無いんですよ」
「寺、ですか……。水無瀬家に身を寄せているあいだに、亡くなったんでしょうか……」
「そうかもしれないし、あるいは、素行の悪さが直らないので、どこか山奥のお寺にでも預けられることになったのかもしれない。添え字だけでなく、そんなふうに名前に消し線を入れられているのもその一人だけなので、想像するしかありませんが──」
「……」
病気とかで
「まあ、最後に盗んだものに、障られでもしたのかもしれませんねぇ」
怖いこと、軽く言ってくれちゃった。いつもの、怪しい笑みで。
「……」
俺が思わずカチンと固まっていると。
「あ……。大丈夫ですよ、何でも屋さん! 先日の“実験”のとき改めて確認しましたけど、あそこの蔵には、そこまで**の強いものは無いようですから。名前に縦線の人が障られるか祟られるかだったにしろ、水無瀬家で盗んだものが原因じゃないと思いますよ?」
うちの店で店番出来る何でも屋さんなら、どうってことないですから、とちょっと慌てたように“水無瀬家の蔵は安全です”アピールをする、怪しい古道具屋店主……。そりゃ、
「──その辺りのことについては、真久部さんを信用してますから……」
この先、月に一度は通うことになる場所について、あんまり怖い情報はいらないよ真久部さん──強いって何が? いつもぐにゃっとしてそこ聞き取れないんだけど……なんてこと。たずねたりしないよ、俺は。
「ありがとうございます」
何やらホッとしつつ、少しだけ気弱な笑みを見せた。そんな顔も──胡散臭いなぁ……。まあ、これがこの人の標準装備の表情なんだけども。
「えっと、つまり。水無瀬さんのお祖父さんは、自分ちの蔵を利用して……ある意味、人助けをしていたということなんですね? 盗み癖なんかあったらどこへ行っても爪弾きにされるし、運良くどこかで雇ってもらっても、やらかしちゃってすぐ放り出されるだろうし。それで前科が付いたりしたら、自業自得にしろまともな人生を送るのが難しくなってしまいますもんねぇ……」
農家か商家か職人くらいしか、庶民の就けるまともな仕事が無かった時代──。ノブレス・オブリージュのように、水無瀬家のような大きな家が自力で食べていけない居候や食客を養っていたような時代なら、なおさらのことだ。