第77話 秋の夜長のお月さま 15

文字数 2,141文字

店主は遠い目をした。

「あー……」

何て言っていいのか分からない。気の毒すぎて、俺は目の前の店主から視線を逸らせる。結果的に遠いところを見る目になってしまったが、今この時ばかりは、店主と同じものを見ていると俺は確信していた。

「──でもまあ、面白かったんならいいんじゃないですか?」

「そうでしょうか……小学生の時、伯父から聞いた古い時代の日本の話をしたら、笑われましたけど……」

「……」

くっ! 慰めの言葉が出てこない。店主の伯父さんめ、幼い甥にトラウマを……。だからこんな飄々とした、何だか分からない人になっちゃったんじゃないのかな、真久部さん──。

「お陰で、本を良く読む子供になりましたけど。一般的な(・・・・)情報は大切ですよ」

正しい(・・・)情報、じゃないんだな……。

「まあ、甥に話して聞かせて反応を愉しむくらいで、伯父は情報をどんな形にしろ残すつもりはないんだそうです。溜め込むだけ溜め込んで、墓の下まで持っていくまでが自分の愉しみだって、言ってました」

情報を溜める、で思い出した。ネット上の知人、<風見鶏>。彼(彼女かもしれないが)は様々な情報を集め、刻々と変化する国際的な政治情勢や経済状況、世情を読みつつ、それを求める者たちに教えたり教えなかったりと有意義な使い方をしているみたいだけど、店主の伯父さんは違うんだな。ただ溜め込むだけかぁ……。まあ、自分が得た情報を使うも使わないもその人の自由だしな。──古道具から得た情報なんて出さなくても、別に誰も困らないだろうし。

それにしても、徹底している。

「──人それぞれですね」

辛うじてそうとしか言えなかった。

「ひと様に迷惑をかけなければね」

甥はシビアだ。

「今回は何でも屋さんの言う通り、人助けのつもりであの自在置物を起こしたのかもしれません。だけど、結局あれは竜になってしまいましたからね。そのまま好きなところに飛んでいってしまったでしょう」

そうなると、萱野さんが高いお金を出して買ってくれた置物は急速に朽ち、早晩本物の我楽多になってしまうことでしょう、と店主は溜息をつく。

「簡単に言えば、中の人がいなくなるようなものです。着る人のいないガワだけになった着ぐるみなんて、ただの縫いぐるみ以下でしょう。それと同じなんですよ。性があったから、大した手入れもされていないのに現代まで保ったし、存在感があったんですから」

(しょう)がありすぎても困るし、無くても上手くない。元はあったものが無くなるのが一番具合が悪い、と店主は言った。本当に古いものだと、性があるお陰で保っている場合が多々あるのだと。

「古美術骨董古道具を扱う者としては、痛し痒しってところです。──それにしても、急に魅力が薄くなった置物、申しわけないしどうしよう……壊れやすくもなるし……」

保守点検(メンテナンス)をサービスするくらいしかないかな、と店主は考え込んでいる。

「あの……」

「……あ。はい。何ですか、何でも屋さん」

「俺が見た竜なんですけど、どっかに飛んで行ったりしませんでしたよ」

「え?」

「えっと、タッチ・アンド・ゴーで例の<悪いモノ>を喰らった後、また空に駆け上ったんですけど」

「そこで本物の竜に成り上がったんですね……」

もうコスプレしなくても本物の竜そのものに成れたんですから、うれしかったでしょうねぇ……と虚ろに笑う。

「噛み砕かれた<悪いモノ>の断末魔? も強烈だったんですけど、それはともかく。竜は悠々と、それはそれは気持ち良さそうに天と地の間を縫うように自由自在に飛んでたんですが、何故か分かりませんけど、ふと俺と目が合ったんです」

「……」

「うわー、鱗と同じで目も銀色だー、とか思ってたら、いきなり空から滝の水が落ちるみたいにどっと落ちてきて。そのまま鞄の中に吸い込まれて、消えました」

だから、一旦抜け出たにしろ、また元のボディ(?)に戻ったのでは? そう言うと、店主は驚いていた。

「……あの置物が常日頃見ていた<夢>では、こんな自由にならない体は捨てて、海に行ったり山に行ったりするんだと、とても楽しそうに言ってましたが」

実際抜け出したなら、どこかの竜神様の眷属に取り入れてもらうことも出来たでしょうに、と首を傾げている。

「元のボディの居心地が、よっぽど良かったんじゃないですか?」

「うーん……」

確かに、大切にはされてましたからねぇ、と店主は悩んでる。

「封印されてはいましたが、年に一度はなんやかやと世話はされていたし、うちで引き取ってからも、万年転寝で気持ち良さそうでしたね」

天と地と、色んなところに行く夢を見てましたよ、と呟く。

「いざ起きて、栄養のあるものを喰らって本物の竜になってみたけど、やっぱりもうちょっと寝ていたいなぁ、とか。ほら、目が覚めてもぬくぬく布団から出たくない時ってあるでしょう? あれじゃないかなぁ……」

うつらうつらしながら、幸せな夢の名残の中でふわふわしてるのって、至福だと思うんだ。──何で俺と目が合ったのか分からないけど。あ、俺が見てたからか。

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