第120話 鳴神月の呪物 11

文字数 1,967文字



唇を湿らせるために真久部がお茶を啜っていると、さっきまで鳴りを潜めていた店内の時計たちが張り切りだした。

微妙にずれながらカッチカッチと時を刻む音が急に大きくなり、正時でもないのにボーンボーンと鐘が鳴る。──ヤツら、空気を読んでみたのかもしれないが、サービスしすぎだろう、と真久部は思う。ほら、彼が肩をびくびくさせている。

時計たち(彼ら)を牽制するために真久部が軽く咳払いをすると、彼がまたびくっと肩を揺らした。密かに溜息を吐きながら、真久部は中断していた話の先を続ける。その前に、店内の古道具たちに睨みをくれることも忘れない。これ以上ホラーな舞台効果はいらない。彼に逃げられてしまうではないか。

「老人は、想定していたよりもずっと多くの村人が贄になっていることに驚いてはいました。それでも、贄を喰らい尽くして凝り固まるかと見えた怨念がそうはならず、予想に反して渦を巻き、それこそ台風のように、中心に空白を作るところまでは面白く眺めていました。空白は虚ろ、真なる空。虚ろなる故に強大な力を持つ。それが焦点を結ぶとき、何が生じるのか、あるいは全てが滅するか──」

でも、老人が余裕を持てたのはそこまででした。そう言うと、また店内が静まり返る。さっきほどではないが、時計の音が耳につく。この程度は仕方がないかと真久部が彼ら(時計たち)を横目に見ながら考えていると、強がりか、彼がわざとらしく鼻を鳴らした。

「そ、そんなこと思ってるところに、いきなり空から石が降ってきたら、そりゃ誰だって驚くに決まってますよ! さすがの外道老人も、その瞬間は肝が冷えたんじゃないですか」

全然同情出来ませんけど……と尻すぼみにもごもごしつつ、時計の音に怯えているらしい彼のつむじを見ながら、真久部は空になった二人ぶんの茶碗にゆっくりと新しい茶を淹れる。

「……どうでしょうねぇ。冷える肝も無かったんじゃないかなぁ」

「そ、そっか。確かにね、血も涙も無さそうですし」

きっと心臓も肝臓も無いような冷血人間だったんでしょうね、と言いながら熱めの茶にむせているいる彼に、真久部は首を振ってみせる。

「そういうことではなくて。虚ろなる故に強大な力を持つその真なる空に、老人本人が吸い込まれてしまったんですよ。最後の最後、正直な男の存在が怨念たちに作らせることになった空白、それが強烈な焦点を結んだ瞬間に」

「へ……すい?」

ぽかんとこちらを見つめる彼の手元、お茶がこぼれますよ、と真久部は注意する。

「……」

こぼす前になんとか茶碗を置いて、彼は「吸い込まれた……?」と言い直した。

「え……全部終わってから、鉄隕石を拾いに行ったんじゃないんですか? 大八車で」

トシのわりに怪力な老人が、クレーターの底から持って上がったって言いませんでしたっけ? と真久部が先ほど語って聞かせた昔話の結末について確認してくる。

ずず、とお茶をひと口啜ってから、真久部は答えた。

「老人の流派には、そのように伝わっているらしいですね」

「流派、ですか……?」

何、それ? という顔をしているが、真久部とてそれについて詳しい説明をすることは出来ない。だから適当にぼかして答えておく。

「ええ。陰陽道や拝み屋、祓い屋、呪い師の流派です。そこらへんは複雑らしくて、僕もよくは知りません。ただ、陰陽師の流れを汲むとある流派に、『術者である老人は強力な呪物を得、それを二振りの刀に打たせた』と伝わっているということですよ」

「でも、いま真久部さん吸い込まれたって……」

反駁しかけ、彼はふと言葉を止めた。

「──だいたい、どうしてそんな話を知ってるんですか? 一般には出回ってなさそうですけど……」

どこか疑わしげに真久部を見ながら、彼は落ち着かなげに座りなおす。微妙に距離を取ろうとするかのようなその動きに、せっかく彼のために話しているのにと心ひそかに傷つきながら、それでも真久部は語る。

「伯父から聞かされたんだよ」

「え、あの伯父さん?」

彼はさらに身体を引いた。──叶うなら、自分だって同じように引きたいものだと、いつもの穏やかな笑みの裏で、真久部はあんな伯父を持った甥の悲哀を噛み締めた。

「そう。古道具の声を聞くことをこよなく愛する、あの伯父です」

「……」

無言になった彼は力なく背中を丸め、目の前の茶碗の面を遠い目で見つめている。これまで何度か伯父にからかわれたことを今、走馬灯のように思い出しているのだろう、と真久部は推察する。

それでも、自分よりはマシではないかと──、理不尽であることが分かっていても言いたい気がする。子供の頃から、自分はあの伯父にはどれだけからかわれ、迷惑を掛けられたことか。
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