第170話 寄木細工のオルゴール 8
文字数 2,030文字
♪~♪♪♪ ♪~♪♪♪ ♪~♪♪~♪~♪~……
とてもきれいな音。まるで光がはじけるような……。
「『歌を忘れたカナリヤ』ですね」
ぼうっと聞いてると、真久部さんがそう言うのが聞こえた。
「……え?」
そうなんだけど、このメロディはそうなんだけど。
「え?」
思わず視線を返してその顔を見た。どこも開いてないのに、何で音が鳴ってるの?
「ああ、これね。開けなくても音を奏でられるオルゴールなんですよ」
しれっと唇の端を上げてみせるから、──俺は何でか怒らないといけない気がした。
「正しい手順で開けたら音が鳴るって、言ってたじゃないですか!」
そう、怒ったのに。
「開けなければ鳴らないとは、一度も言ってませんよ」
涼しい顔で、にっこりされてしまった。くっ! 機嫌のいい古猫みたいなそんな笑みを見ていたら、気力が萎えそうになったけど、頑張って反論してみる。
「いや、普通、オルゴールって蓋を開けたら鳴るものでしょ? 螺子を巻いておいて」
「普通は、ね。でもこれは絡繰り箱だから」
「……」
からくりのひと言で済むの、それ?
疑わしい気持ちを隠しもせず、じっと真久部さんの片方が薄い榛 色したオッドアイを見つめていると。
「寝かせたら鳴って、立てたら音が止まる絡繰りのオルゴール、箱根に行くと売ってますよ?」
ふっ、と小さく笑って、こともなげにそんなこと言われた。あれだって開けないオルゴールです、と澄ました顔が地味なくせに整ってて、それがまた憎らしい。
「これには螺子が無いんです。だから巻きようがないんだ」
螺子の無いオルゴール? そんなの……。
「どうやって音が鳴るんですか?」
怪しい店で、怪しい店主が、怪しい箱を怪しく取り扱った結果、怪しく曲を奏で始めた、と考えたら俺的には納得がいく気がする……。曲は怪しくないけどさ。
「そこが絡繰りでねぇ」
真久部さんが言うには、さっきサイコロみたいにころころ、ころころ、転がしてたけど、あの動きで中の螺子が巻かれるらしい。
「……すごい仕掛けですね」
どうなってるのか、想像することすらできないよ……。
「ええ、本当に。複雑すぎて、転がす順番を覚えるのが大変でしたよ」
まず正面がわかりにくくてねぇ、と物憂げに溜息を吐いてみせる。
「少しでも間違えると鳴らないし……」
「え? そのオルゴール、手順を間違えたら怖いことになるんじゃ?」
驚いて、俺はまたまじまじと目の前の男前面を見つめてしまった。
「……」
真久部さん、実は聞いたことがあるの? 間違えた者にだけ聞こえるという、恐ろしい声を……。 いやいや、まさか。この先自分がたどることになっちゃうかもしれない、不運で不幸 な運命を、そんな怪しい道具から聞かされて平気でいられる人間なんか、いるはずが……いや、この人ならそれでも平然としてるかもしれない。
──もしかしたら、同類には害のない声なのかも……。
そんなことを考えてしまい、地味に整ってる顔に浮かぶ、読めない笑みから目を逸らせないでいると。唇の端がさらに上がった。ひぃっ!
「あ、音を聞きたくて転がすぶんには、順番を間違っても何も起こりませんよ。──嫌だなぁ、何でも屋さん、そんな、人を妖怪かなにかみたい見なくても。僕だって命は惜しい、不吉な声を聞くはめになるようなことはしません。道具の取り扱いを、間違ったことはありませんよ」
「そ、そうですよね!」
俺の考え、読まれたんだろうか? 怪しい笑みを浮かべたままの真久部さんが、こわ……。
「まあ、その僕も、開ける手順のときは、最後の最後で間違えかけて、肝を冷やしましたけどね」
ひ~~! もっと怖いよ真久部さん。よくそんな涼しい顔で、なんでもないように語れますね……!
「それ以来、開けようとしたことはありません。たぶん、僕に開けられるのがそこまでだったんでしょう」
たとえ正しい手順を知っていても、気に入らない人間には開けさせてはもらえないのだと、とってもこの古美術雑貨取扱店慈恩 堂の道具らしい話は続く。
「このオルゴールの意思でそうなるのか、それとも、このまま最後まで開けると危ないという、自分の本能からくる防御反応なのか……。だから頭でわかっていても、手が勝手に間違おうとするんです、間違えたらもっと危ないのに。──まあ、そこまでして開けられたくないというなら、僕は開けません。開けなくてもきれいな演奏は聴けるんだし」
手間はかかりますけど、これだって季節に一度は鳴らすことにしてるんですよ、とにっこり笑う。
「中の螺子が錆びついたら困りますしね。──コレ自身の性 がある程度は防ぎますが、やっぱりたまには動かしておかないと」
……性 って、あれかぁ。古い道具に育つことがあるという意思みたいなもの──厄介な道具ばかりだよね、慈恩堂。知ってたけど。
「だけど、どうしてそんなふうになっちゃったんでしょうね? まさか、作られたときからってことはないでしょう?」
怪しい古道具にだって、生まれたて、じゃなかった、出来立ての初々しい(?)頃があったはずだ。
とてもきれいな音。まるで光がはじけるような……。
「『歌を忘れたカナリヤ』ですね」
ぼうっと聞いてると、真久部さんがそう言うのが聞こえた。
「……え?」
そうなんだけど、このメロディはそうなんだけど。
「え?」
思わず視線を返してその顔を見た。どこも開いてないのに、何で音が鳴ってるの?
「ああ、これね。開けなくても音を奏でられるオルゴールなんですよ」
しれっと唇の端を上げてみせるから、──俺は何でか怒らないといけない気がした。
「正しい手順で開けたら音が鳴るって、言ってたじゃないですか!」
そう、怒ったのに。
「開けなければ鳴らないとは、一度も言ってませんよ」
涼しい顔で、にっこりされてしまった。くっ! 機嫌のいい古猫みたいなそんな笑みを見ていたら、気力が萎えそうになったけど、頑張って反論してみる。
「いや、普通、オルゴールって蓋を開けたら鳴るものでしょ? 螺子を巻いておいて」
「普通は、ね。でもこれは絡繰り箱だから」
「……」
からくりのひと言で済むの、それ?
疑わしい気持ちを隠しもせず、じっと真久部さんの片方が薄い
「寝かせたら鳴って、立てたら音が止まる絡繰りのオルゴール、箱根に行くと売ってますよ?」
ふっ、と小さく笑って、こともなげにそんなこと言われた。あれだって開けないオルゴールです、と澄ました顔が地味なくせに整ってて、それがまた憎らしい。
「これには螺子が無いんです。だから巻きようがないんだ」
螺子の無いオルゴール? そんなの……。
「どうやって音が鳴るんですか?」
怪しい店で、怪しい店主が、怪しい箱を怪しく取り扱った結果、怪しく曲を奏で始めた、と考えたら俺的には納得がいく気がする……。曲は怪しくないけどさ。
「そこが絡繰りでねぇ」
真久部さんが言うには、さっきサイコロみたいにころころ、ころころ、転がしてたけど、あの動きで中の螺子が巻かれるらしい。
「……すごい仕掛けですね」
どうなってるのか、想像することすらできないよ……。
「ええ、本当に。複雑すぎて、転がす順番を覚えるのが大変でしたよ」
まず正面がわかりにくくてねぇ、と物憂げに溜息を吐いてみせる。
「少しでも間違えると鳴らないし……」
「え? そのオルゴール、手順を間違えたら怖いことになるんじゃ?」
驚いて、俺はまたまじまじと目の前の男前面を見つめてしまった。
「……」
真久部さん、実は聞いたことがあるの? 間違えた者にだけ聞こえるという、恐ろしい声を……。 いやいや、まさか。この先自分がたどることになっちゃうかもしれない、
──もしかしたら、同類には害のない声なのかも……。
そんなことを考えてしまい、地味に整ってる顔に浮かぶ、読めない笑みから目を逸らせないでいると。唇の端がさらに上がった。ひぃっ!
「あ、音を聞きたくて転がすぶんには、順番を間違っても何も起こりませんよ。──嫌だなぁ、何でも屋さん、そんな、人を妖怪かなにかみたい見なくても。僕だって命は惜しい、不吉な声を聞くはめになるようなことはしません。道具の取り扱いを、間違ったことはありませんよ」
「そ、そうですよね!」
俺の考え、読まれたんだろうか? 怪しい笑みを浮かべたままの真久部さんが、こわ……。
「まあ、その僕も、開ける手順のときは、最後の最後で間違えかけて、肝を冷やしましたけどね」
ひ~~! もっと怖いよ真久部さん。よくそんな涼しい顔で、なんでもないように語れますね……!
「それ以来、開けようとしたことはありません。たぶん、僕に開けられるのがそこまでだったんでしょう」
たとえ正しい手順を知っていても、気に入らない人間には開けさせてはもらえないのだと、とってもこの古
「このオルゴールの意思でそうなるのか、それとも、このまま最後まで開けると危ないという、自分の本能からくる防御反応なのか……。だから頭でわかっていても、手が勝手に間違おうとするんです、間違えたらもっと危ないのに。──まあ、そこまでして開けられたくないというなら、僕は開けません。開けなくてもきれいな演奏は聴けるんだし」
手間はかかりますけど、これだって季節に一度は鳴らすことにしてるんですよ、とにっこり笑う。
「中の螺子が錆びついたら困りますしね。──コレ自身の
……
「だけど、どうしてそんなふうになっちゃったんでしょうね? まさか、作られたときからってことはないでしょう?」
怪しい古道具にだって、生まれたて、じゃなかった、出来立ての初々しい(?)頃があったはずだ。