第201話 2

文字数 2,056文字

「……」

「雑貨屋さんのご主人、あまりにあまりの光景で、身動きもできなかったらしいのよ……奥さんが言ってたわ。まるで誰かがお手玉してるみたいに見えたって話。そんなこともあるのねぇ……」

「……」

「なんとか警察に通報して、全てを見ていた目撃者として証言して……、けっこうな時間警察署に止められたみたいよ。取り調べ? の前に奥さんに帰りが遅くなるって連絡を入れてきたらしいんだけど……、本人にはもちろん怪我とか無いんだけど、そんな大きな事故の現場にいたって聞いたら、やっぱり心配じゃない? だから奥さん、今日は早仕舞いするって、ねぇ……」

気持ち、わかるわ、と女将さんは憂い顔をした。普段ぽんぽん言い合ってても、やっぱりねぇ……と。

何も言えず、ただ黙って聞いている俺に気づくと、女将さんは慌てたように表情を明るくし、何でも屋さんも交通事故には気をつけてね、忙しくてもちゃんと周りを見なくちゃダメよ、と母親のような注意をしてくれた。

「最近はよく通行人に車が突っ込んできたりするし……でも、気をつけてても、今日みたいに上から人が降ってきたら避けようがないわよねぇ。よく雑貨屋のご主人が巻き込まれなかったものだと思うわ。ニュースでやってるの見たけど、車も何台か舗道に乗り上げてたもの……あそこに通じる道路、ずっと通行止めになってたみたいよ」

そういや、店の奥ではいつも小さい音でテレビが点けっぱなしだよなぁ、とぼんやり思いながら、俺はたずねていた。

「……その身投げした人の身元、分かったんですか?」

「ああ、この辺の人じゃなかったみたいなのよ。ちょっと変わった名前……何だったかな、ふくにし、じゃなくて、むく……椋西、なんとか言ってた、清美、だったかしら? 事故と事件の両面から捜査、って、まあねぇ……」

「……」

「耳の早いワイドショーだと、遺産による金銭トラブルか、とか言ってたわね。でも……その場にはやっぱりその飛び降りた人しかいなかったらしいし……」

──自殺じゃない? 最後は小さく声を潜めた。

「それか、やっぱり事故かもね。ワイドショーでは心臓麻痺説も出てたし。四台もの車に次々撥ね飛ばされた事故ってことで、扱いが大きかったのよ。救いは、他に怪我人が無かったってことだって言ってたわ。追突とかはあったけど、その場に遭遇したドライバーたち全員無事だって」

何にしても不運よねぇ、と溜息を吐き、俺の顔を見た女将さんは、大丈夫? と眉を寄せた。

「顔色悪いわ、こんな話聞かせちゃったせいかしら。引き止めちゃってごめんね。今日はまたこれから犬の散歩?」

「いえ……今日はもうこれで仕事上がりで……」

「なら良かった。アーケードの中は車来ないからいいけど、道々気をつけてね」

ありがとうございます、と何とか笑顔をみせて、俺は総菜屋を後にした。──斜向かいの雑貨屋さんは、シャッターが下りていた。

買ったりおまけしてもらったりしたお惣菜を柿の葉寿司の入った紙袋に入れて、とぼとぼ歩く。せっかく美味しい食べ物がいっぱいあるのに、気持ちが塞ぐ。

清美さんの不運で不幸(ハードラック)な運命は、これだったのか。酷い末路だな……。あなたはこれから四台もの車に次々撥ねられて死ぬでしょう、なんて不気味な声に告げられたら、そりゃぞっとして逃げるわな……。

「……」

背筋がぶるっとする。ダメだ、あれを思い出しちゃ。あの“清美さん”怨霊バージョン。そういや、眼鏡してなかったな、どっかに飛んじゃったんだろうな、なんて思いながら歩いていると、眼鏡屋さんの店頭陳列ケースの中のフレームに妙に目が行った。ああ、あれ、似てるな、店に入ってきたとき……。

「……」

ぶんぶんと頭を振った。気の毒だとは思う。でも、自分から地獄に飛び込むようなことをしたんだから、しょうがない。俺にできることは何もなかった。

──何でも屋さんが恨まれる筋合いはないんですからね。

帰り際、あらためて言われたことを思い出す。

──モロなものを見たのは初めてのようですから、何だか危なっかしいんですが……弱気になったら、関係ないのにも付け込まれますからね? せっかく元々の護りが強いのに、自分から招いてはいけません。

「……」

全ては気のせい気の迷い、にしておきたいんだけど……気のせいにするには、今日のアレはちょっと……。うん。いや、護られてるんだろうな、とは思うんだけど……。

──視えない護りが不安なら、こういう時こそアレを呼べばいいですよ。

アレかぁ……。俺の“護り刀”の──。

「御握丸……」

ぽそっと呟いてから、何だか恥ずかしくなった。呼べば刀が現れるなんて、まるで……何だっけ、ちゅうにびょう? 思春期にありがちな、自分は他の人間と違うんだ! というような特別感?

「……」

自分で乗っておきながら、真久部さんも恥ずかしいこと勧めないでほしいよ、なんてひとり空笑いしていると、ジャケットの内ポケットに何だか違和感……。まさか──? 恐る恐る片手を突っ込んでみると、今日は入れた覚えがないのに、覚えのある手触り。そうっと見てみると──。
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