第176話 寄木細工のオルゴール 14
文字数 1,733文字
「……“蔵の隅のお宝”って、なんだかぴったりな感じがします」
目の前に置いておくのは怖いから、取り敢えず仕舞っておこう、みたいな。
「この存在感ではねぇ。仮に飽きたとしても、他人に譲るのは惜しい、と感じる人もいるでしょう」
うなずいてくれる真久部さんに、俺は感じたことを語ってみる。
「捨てるのも怖い気がしますよ。俺、これをゴミ袋に入れて捨てて来いって言われたら困る……」
何でも屋なんだから、仕事として頼まれたら依頼主の指示どおりにするだろうけど、どうにも気が引けて仕方ないだろうと思う。
そんなことを考えてつい遠い目をしてしまう俺に、真久部さんは悪戯っぽく笑んでみせる。
「それが道具の貫禄というものだよ。近所のご隠居の前では、八っつぁん熊さんだって畏まっているでしょう?」
軽く茶化してくれた。──気持ちを楽にしてくれようっていう心遣いかな?
「落語ですか、もう」
そんな感じがしたので有り難く突っ込んでみると、ふふ、と笑った。
「それにね、何でも屋さん。心配しなくてもこのくらい**が育っていれば、そう簡単に捨てたり毀したりさせません 。自分から次に流れていくだけです」
──一部聞こえない部分は、聞こえなくていいはずだから、スルー。取り敢えずわかったような顔をしてうなずいておく。てか、わかりたくない。どっか遠いところに行ってしまいそうで。
「まあ、難しい道具ではあるけれど、これは親切なほうだよ。扱いを間違えさえしなければ何も害は無いのだし。──もしも、全方位に害を及ぼすような性質の呪物と化しているなら、今に残ることなく、どこかの段階で処分されているはずだ」
そんな道具なら、骨董古道具の愛好家である僕であっても、処分を躊躇いませんよ、と真久部さんは言う。
「人と共存できないような道具は、ある意味猛獣みたいなものだよ。手懐けることも囲いに入れることもできないのなら、遠ざけるか、屠るしかない。──こちらが殺されたくないならねぇ」
「……」
にったりと笑うけど、その目の奥に浮かぶ怪しい光が怖い。慄いている俺に気づくと、真久部さんは、ふう、と溜息を吐いてから、今度は愛想よくにこりと微笑んでみせた。
「まあ、一部そちら方面の好事家もいますが……僕は自分の手に余るようなものは扱わないので、そんな危険な道具と係わることはありません。だから安心して店番に来てくださいね、何でも屋さん」
「いやあ……ははは」
笑って誤魔化しておく。この店と真久部さんは信用できるって、知ってはいるけどね。慣れてはきたけど……うん。助けられたこともあるしさ。
「同業の先輩のご父君も、僕と同じような姿勢で道具に向き合う方だったんでしょう。だから、面白い組木細工を探しにきた客に売るのに、取り扱い上の注意説明もきちんとしたし──、最後の代金と品物のやり取りは自分が対応するのではなく、息子にやらせたんだそうです。念には念を入れて、細工を開けようとしたことでこのオルゴールの所有者と認識されているかもしれない息子が、自ら手放す、という形にしてね」
まだ十代の頃だったそうですがね、と真久部さんは続ける。
「その事件をきっかけに、同業の先輩は家業を継ぐ決心をしたんだそうですよ。それまでは古臭い埃っぽい我楽多に囲まれて、何が面白いんだろう、と思っていたそうですが、店にある道具についてちょくちょくご父君に聞いてみたり、自分でも調べたりしているうちに、古い道具に興味が出てきて、勉強するようになって……気がついたらもう親父が死んだ年も追い越してしまった、と懐かしそうにねぇ、語ってくれましたよ」
「その人の人生を変えることになったんですね、間接的に……」
でも、悪いことじゃなかったですね、と言うと、そうですね、と微笑んだ。珍しく怪しかったり胡散臭かったりしない笑顔で。
「難しい道具だって正しく扱えば、悪いことばかりじゃないんです。その方は裕福で健康な様子で、たまに骨董市に小店を出すのは趣味みたいなものだとおっしゃってましたよ。変わった道具を手に入れると、どんな人間がそれを手に取るんだろうと、観察するのが楽しみだとも」
その日、その市でオルゴールを目に止めたのは、僕が初めてだとも言ってましたっけ、と真久部さんは懐かしそうな顔をした。
目の前に置いておくのは怖いから、取り敢えず仕舞っておこう、みたいな。
「この存在感ではねぇ。仮に飽きたとしても、他人に譲るのは惜しい、と感じる人もいるでしょう」
うなずいてくれる真久部さんに、俺は感じたことを語ってみる。
「捨てるのも怖い気がしますよ。俺、これをゴミ袋に入れて捨てて来いって言われたら困る……」
何でも屋なんだから、仕事として頼まれたら依頼主の指示どおりにするだろうけど、どうにも気が引けて仕方ないだろうと思う。
そんなことを考えてつい遠い目をしてしまう俺に、真久部さんは悪戯っぽく笑んでみせる。
「それが道具の貫禄というものだよ。近所のご隠居の前では、八っつぁん熊さんだって畏まっているでしょう?」
軽く茶化してくれた。──気持ちを楽にしてくれようっていう心遣いかな?
「落語ですか、もう」
そんな感じがしたので有り難く突っ込んでみると、ふふ、と笑った。
「それにね、何でも屋さん。心配しなくてもこのくらい**が育っていれば、そう簡単に捨てたり毀したり
──一部聞こえない部分は、聞こえなくていいはずだから、スルー。取り敢えずわかったような顔をしてうなずいておく。てか、わかりたくない。どっか遠いところに行ってしまいそうで。
「まあ、難しい道具ではあるけれど、これは親切なほうだよ。扱いを間違えさえしなければ何も害は無いのだし。──もしも、全方位に害を及ぼすような性質の呪物と化しているなら、今に残ることなく、どこかの段階で処分されているはずだ」
そんな道具なら、骨董古道具の愛好家である僕であっても、処分を躊躇いませんよ、と真久部さんは言う。
「人と共存できないような道具は、ある意味猛獣みたいなものだよ。手懐けることも囲いに入れることもできないのなら、遠ざけるか、屠るしかない。──こちらが殺されたくないならねぇ」
「……」
にったりと笑うけど、その目の奥に浮かぶ怪しい光が怖い。慄いている俺に気づくと、真久部さんは、ふう、と溜息を吐いてから、今度は愛想よくにこりと微笑んでみせた。
「まあ、一部そちら方面の好事家もいますが……僕は自分の手に余るようなものは扱わないので、そんな危険な道具と係わることはありません。だから安心して店番に来てくださいね、何でも屋さん」
「いやあ……ははは」
笑って誤魔化しておく。この店と真久部さんは信用できるって、知ってはいるけどね。慣れてはきたけど……うん。助けられたこともあるしさ。
「同業の先輩のご父君も、僕と同じような姿勢で道具に向き合う方だったんでしょう。だから、面白い組木細工を探しにきた客に売るのに、取り扱い上の注意説明もきちんとしたし──、最後の代金と品物のやり取りは自分が対応するのではなく、息子にやらせたんだそうです。念には念を入れて、細工を開けようとしたことでこのオルゴールの所有者と認識されているかもしれない息子が、自ら手放す、という形にしてね」
まだ十代の頃だったそうですがね、と真久部さんは続ける。
「その事件をきっかけに、同業の先輩は家業を継ぐ決心をしたんだそうですよ。それまでは古臭い埃っぽい我楽多に囲まれて、何が面白いんだろう、と思っていたそうですが、店にある道具についてちょくちょくご父君に聞いてみたり、自分でも調べたりしているうちに、古い道具に興味が出てきて、勉強するようになって……気がついたらもう親父が死んだ年も追い越してしまった、と懐かしそうにねぇ、語ってくれましたよ」
「その人の人生を変えることになったんですね、間接的に……」
でも、悪いことじゃなかったですね、と言うと、そうですね、と微笑んだ。珍しく怪しかったり胡散臭かったりしない笑顔で。
「難しい道具だって正しく扱えば、悪いことばかりじゃないんです。その方は裕福で健康な様子で、たまに骨董市に小店を出すのは趣味みたいなものだとおっしゃってましたよ。変わった道具を手に入れると、どんな人間がそれを手に取るんだろうと、観察するのが楽しみだとも」
その日、その市でオルゴールを目に止めたのは、僕が初めてだとも言ってましたっけ、と真久部さんは懐かしそうな顔をした。