第217話 竈と猫 4 御祓いを頼んだけれど

文字数 2,663文字

密かに慄いていると、たずねられた。

「収まらない場合、どうすると思います?」

「うーん……。御祓いとか?」

「まあ、それが一番オーソドックスですよね」

正解です、と真久部さんはうなずく。むしろそれ以外思い浮かびませんよ、と言ったら、そうですか? と不思議そうな顔をされた。え……他にある? 解決法。捨てるとか? それはそれで怖いような……。

「オーナー自身は、そういうものを特に信じているわけではないんだそうですよ? それでも、従業員の心の安定を図るためならば吝かではないと、近所の神社に御祓いを頼んだというんですが……」

そこまで言って、言葉を止める。期待するような眼で俺をみる。答をどうぞ、ってことなのかな……? 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「──もしや、御祓いが効かなかったとか?」

俺の返答に、どうでしょう? と首を傾げてみせてから、くっと唇の両端を吊り上げる。

「効くとか、効かないとか以前の問題だったようだよ」

え? どういうこと? 

「御祓いをお願いした神職さんが、店に来れなかったらしいです」

「えっ……」

よくある怖い話だと、悪霊(?)の影響で何か不幸なことが関係者を襲い、霊能者(神職さんだから違うけど)が現場に来れなくなったりするけど、まさか……?

「一回目は、車で来ようとしたそうですよ。でも、何故か選ぶ道選ぶ道、全て途中で通り抜け不可になる。検問の一時封鎖だったり、工事のための通行止めだったり……。迂回路に誘導されたのはいいけれど、その先が一方通行の連続で、目的の方向に向かおうとすると、また何らかの理由で通れなかったり」

「……」

「二回目。バスで来ようとしたら、神職さんは何故か乗り間違えて全く違うところに行ってしまい、また、そこに到着するまで間違いに気づかず」

「……」

「三回目は、オーナー自ら車で迎えに行ったそうですが……。そこの神社で神職さんを乗せて、駐車場から出ようとしたところで原因不明のエンスト。タクシーを呼んで、乗り換えたらそのタクシーもエンスト」

「……」

「諦めてタクシーを降りたら、とたんにエンジンがかかる。でも、神職さんが乗ろうとするとがくんとストップ。タクシーのドライバーに、こういうときは日を改めたほうがいいですよ、と半笑いでアドバイスされて、その日も断念したんだそうですが」

いくら始動しようとしても、うんともすんとも言わなかったオーナーのマイカーも、J○Fを呼ぶ前に念のためエンジンを掛けてみると、普通に掛かったという。でも、神職さんを乗せるとやっぱりストップ。

「そんなわけで、さすがのオーナーもこれは何かあるんじゃないかと内心怖くなったそうですが」

にっこり。機嫌の良い猫の笑みで、真久部さんたら喉まで鳴らしそう……。

「オーナーは、板長や接客スタッフリーダーの話を全然信じていなかったんだそうですよ。他にも店を持っているので、新店舗、つまり富貴亭ですが、開店の目処が立ってからは一度も顔を出してなかったらしくて。それもあって、度重なる御祓いの延期に業を煮やした板長が、オーナーも一回くらい様子を見に来てくださいよ、と直談判したそうです」

この期に及んで、まだ気のせいじゃないかなんて言われたら、誰だって頭に来ますよね、と続ける。

「見に来るくらいしてくれないなら、自分はもう辞めると板長に脅されて、オーナーも大慌てでスケジュールを調整し、店に来たんだそうですが……。板長、接客リーダー、板場の若い衆の一人を連れて四人で中に入ると、とたんにパチパチと薪の爆ぜる音と、唸るような鳴釜の音に迎えられたらしくてねぇ……」

「入ってすぐの入り口に飾ってあったんでしたっけ、かまど……」

「そう。板長によると、いつもより派手だったそうですよ。だから皆驚いて外に飛び出したらしいんだけど、一歩でも外に出ると何も聞こえない。気のせいかと思って戻ると、やっぱり聞こえる。そのときはご飯の炊ける匂いだけじゃなくて、釜から上がった蒸気が、迫ってくるのが見えたそうですよ」

まるで抗議するかのように──。そう言うと、真久部さんは軽く息を吐いた。

「実際、抗議だったんでしょうね。だからオーナーには厳しかった。再度中に入ったとき、何かに襲われたんだそうです」

「え?」

「かまどの中から何かが飛び出してきて、オーナーの胸にどーんと」

ここにきて、いきなり物理?

「そ、それで心臓が止まったとか……?」

「まさか」

何でも屋さんたら過激ですねぇ、とからかうように言う。

「びっくりして、立ち止まったのは僕のほうだよ。道を歩いていたら、店先からいきなり人が飛び出してきて、目の前で尻餅ついたんだからねぇ」

真久部さんは散歩の途中だったらしい。

「そのときはどこの誰だか知らなかったんですが──、オーナーは胸にしがみつく見えない何かを必死になって剥がそうとしてるし、他の二人は凍りついたように突っ立ってるだけ、最後の一人、若い衆は両目に何か入ったとかで、しゃがみ込んでだらだら涙を流してるしで、まさに混沌(カオス)

「……」

それ、ホラー映画なら一番怖い場面じゃないか? 俺はぞぞっと背筋が寒くなった。なんとなく、『エイ○アン』とかも想像した。

「さすがに僕も呆然としてたんですが、何かと格闘するオーナーを見ていたら、どうしてその日、その時間に、店を臨時休業にしてまで散歩に出たくなったのか、ようやく腑に落ちた気がしたんです。──その少し前に仕入れたばかりの招き猫を連れ、いや、持って外を歩かないといけない気がしたんだよねぇ」

包装もせず剥き出しで、とちょっと苦笑いした。──いや、そっちより、「連れて」って言いかけたほうが俺は気になったよ、真久部さん……言わないけど……。

(はた)から見たら痛い人なのはわかってるんだけど、どうしてもそうしないといけない気がしてねぇ、抱っこするように持ってたんだよ。途中出合った通行人一人に、目を逸らされたのが、まあ……。いいんですけどね。ともあれ、腑に落ちた気がしたので、持ってた招き猫をオーナーの胸の上に置いたんです。そうしたら、そこにしがみついてた何か(・・)がぽろっと剥がれたというか、招き猫の中に入ったみたいというか」

少なくとも、オーナーにはそのように見えたようですよ、とさらっと言う。

「怯えたオーナーがぶん投げて逃げようとするのを、なんとか宥めて抱っこしておくように言い、そのまま何かに呼ばれるようにふらっと店の中をのぞいてみたら、古いかまど。──僕には匂いも音も何も感じられなかったけれど、まあ……立派に(しょう)の育った道具だというのはわかりました」
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