第168話 寄木細工のオルゴール 6

文字数 1,729文字

「……お茶が冷めてしまいましたね」

そう言って、真久部さんは茶櫃から新しい茶碗を出し、茶葉も替えて淹れ直してくれた。──俺への意趣返しはようやく終わったらしい。

「……」

俺はぐったりして、ただ惰性のように茶碗を手に取った。怖い話に冷えてしまった指先に、温かさが沁みる。

「……何であの客、ここに来ちゃったんでしょうね」

ふと、口に出していた。

「悪縁? に引っ張られたにしても……さっき真久部さん、対策してるって言ってませんでした?」

俺の指摘に、ふと真久部さんはお茶を飲む手を止めた。

「……そういえば、そうですね」

考え込む。

「対策って、どんな感じに?」

他にもアブナイ古道具があるだろうから、そこは知っておきたいような気がする。本当は知りたくないけど、今後も店番する上で、一応さ。

「えっと、その人にとって悪縁になるものが店にあったら、まず入って来れないってレベルならいいんですけど、今日の人は入ってきたわけだし……」

「……」

「あ、でも、秘伝だとか、そういうのだったらいいですよ。無理は言いませんから!」

つい、逃げ場を探してしまう。ふ、どうせ俺は怖いものが苦手なヘタレ野郎さ。

「秘伝というか……」

真久部さんは言いにくそうに話し始める。

「伯父がやってくれたんですよね、それ」

「へ? あの伯父さんが……?」

真っ白な髪に髭、眉。甥の真久部さんよりよほどオシャレな服装センスで、パッと見はスタイリッシュな仙人。なのに結構俗っぽいあの人が、そんなことを……?

「ほら、伯父は古い道具と仲良くなるのが得意だって、何でも屋さんも知ってるでしょう?」

「え、ええ……」

不本意ながら。

「そういう普通じゃない方法で仲良くなりすぎると、それはそれで害があるので、伯父には彼らの目から見て(・・・・・・・・)いつの間にかフェイドアウトする、そういう特技があると、前に話したことがありますよね」

「たしか……アナログラジオの周波数を合わせたり、ずらせたり、でしたっけ?」

わかるようでわからない、なんとももどかしい説明というか、(たとえ)だと思ったんだよな……。

「そうです」

よく覚えていましたね、と真久部さんはうなずいた。

「ずらせると、彼ら(古道具たち)には伯父が認識できなくなります。たとえ、すぐ目の前に立っていたとしても。──伯父はそれを、反転させたと言ってたけど……」

自信無さそうにそこで言葉を途切れかけさせたけど、ひとつ息を吸い込んで、また話し始めた。

「とにかくその(わざ)──<古道具たち>が<自分>を認識できないようにするという技を反転させて、<自分>が<古道具たち>を認識できないようにする、ということも伯父はできるらしいです。どうしてそんなことをするのかというと、『これは係わり合いにならないほうがいい』と伯父が判断するような道具と出合ったとき、まったくの無関心を装うことができるから、だそうです」

ほら、繁華街を闊歩する怖いお兄さん(ヤクザ)たちだって、まったく気づいてないレベルでそちらを見ない一般人には、さすがに「何、俺たちにガンつけてんだよ?」って言えないでしょ? と真久部さんもまたわかるようなわからないような喩をする。

「そ、そうですね」

としか俺には言えない。

「その反転させた技を使って、うちにあるどれかの道具との悪縁に引かれて店に入ってきた客の眼からは、その道具を認識できないように──見えないようにしてくれてあるらしいんですよ」

具体的にどうやったのかなんて、僕にはわかりませんけどね、と真久部さんは言う。

「伯父さんって……陰陽師か何かだったんですか……?」

ってことは、その甥である真久部さんは陰陽師の末裔?

「違いますよ。あの人のアレは自己流です」

「……」

それはそれで何か怖いような気がする……。

「僕には『骨董の声は聞くな、聞こえても知らないふりをしておけ』と言いながら、自分は昔から聞き放題に聞いてるような人だからね、そっちのほうのルートから、いろいろ仕入れてるんだと思いますよ」

何かいろいろ思い出してか真久部さん、苦い顔をしながら、だから伯父のアレは術ではなく技です、と言った。何がどう違うのか、もちろん俺にはわからない。

「僕も何もやってないわけじゃないんですが、やらないよりはマシ、程度でしょうか」

え? 真久部さんも何か技を使うの?
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