第199話 寄木細工のオルゴール 37 終

文字数 2,560文字

「あるいは単純に“ご隠居”が“清美さん”を嫌ったのかもしれません。だからきみを守りたい“彼”と協力しあって退けたのかも」

え……。弟が、こんな得体の知れない“ご隠居”と……? そりゃ、助けてもらってありがたいんだけど、うーん……と俺が微妙な顔をしていると、真久部さんは胡散臭く笑う。

「一度は猶予してやったというのに、二度目も自業自得のくせに、死んでまで関係ない人様に文句を言いに来るとは、この痴れ者が! とかね──元々このオルゴール、“ご隠居”は、身の程を知った扱いをする者を気に入る傾向があるようですから……」

一度も開けようとしなかった椋西の先代も、気に入られていたようですし、とつけ加える。

「そうでなければ三十五年前、よくわかってなかった下の二人はともかく、十万のお金欲しさに箱を開けようとした清美さんは悪夢どころで済まなかったはずです……“ご隠居”にまつわる数々の逸話から類推するとね。もちろん先代が大切にしていたというのもありますが、先代が気に入られていたからこそ、その子供たちも手加減してもらえたと──、そう考えないと不自然なケースだったんですよ」

難しいなぁ……。

「えっと……大切にしてても、開けようとするとダメですか?」

「ダメなようですね。何かの歌の歌詞に『世界一の男だけこの手に触れてもかまわない』っていうのがあるけど、開けられるくらいの手腕を持つ人間だけ開けようとしてもかまわない、ただし、開けられるものならば。そういう感じかなぁ……しかも気分次第だから、開けさせてもらえないことがあるし」

僕みたいに、と真久部さんはにっと唇を上げる。大して残念そうでもなく、逆に楽しそうだ。

「真久部さんはそれでもいいんですか?」

開けられるだけの手腕があるのに、悔しいとか思わないのかな? と不思議に思ってたずねてみると。

「こういう道具は気難しいのが多いから、僕も馴れてるんだよ。──その程度気にしていたら、こんな店(古道具屋)の主人は務まりません」

胡散臭い笑みとともに、男前な答が返ってきた。

「それに、この寄木細工のオルゴール──“ご隠居”は、扱いさえ間違えなければ害のない道具ですしね。僕はコレの性質嫌いじゃないんですよ、自分から獲物を漁りにいくようなのとは違いますから──」

ちょっと遠い目になってるのは、真久部の伯父さんのペット(悪食鯉)、手綱を握っていないと何でもバクバク喰ってしまうあの鯉のループタイを思い出してるんだろうな……。俺も一緒に遠い目に……。

ふ、と息をついて真久部さんは続ける。

「いくら大切にしていようとも、無謀にも開けようとする者と、敬して遠ざけようとする者なら、後者のほうが好感度は高いようですよ。だからきっと、何でも屋さんは“ご隠居”に気に入られているはずです。──存在を意識しつつも、分を弁えて触れようとしなかった者として」

「……」

……たしかに俺はビクビクしてたけど。あんまり見ないようにしてたし、こんなことでもなければ触ろうともしなかったさ。怖いの苦手なんだよ……!

「……真久部さんは?」

「僕? 僕も嫌われてはいないと思います。一度だけ開けかけた時も途中まで間違えなかったし、ここまで、と拒絶されれば、素直にそこで止めたからね」

あと一歩というところで、次は絶対間違う、と思ったときのことかぁ。引き返す勇気というか、判断力というか、危機察知能力というか、そういうものがないと命いくつあっても足りなさそう……慈恩堂では。だってここにはアヤシイ道具がいっぱい……。

「……もしかしたら“ご隠居”は、本当は“運命”を告げるのが嫌なのかもしれませんね」

ふとそんなことを口にしていた。

「でも、不用意に開けようとされると告げないわけにはいかないから、それくらいなら遠ざけられるほうが楽なのかも……」

転がすオルゴール部分だけで満足する人は、少ないのかもしれない。開けるな危険って言われても、そこに箱があれば開けるって人のほうが多いのかも。真久部さんみたいに、拒絶の意思を感じて途中で止める人もいるだろうけど、場合によっては勘が鈍ることもあるだろうし。

「ある意味、かわいそうですね。なんとなくだけど、人のこと嫌いっていうんじゃなくて、害さないために引きこもってる感じ……だとしたら、寂しいだろうな……」

小さな部屋の中、黙然と火鉢の前に座す老人を想像した。たまに煙管などやりながら、でもたった独り。明るい障子の向こうでは子供たちが遊んでる。でも声を聞くだけしかできない、何故ならそこを不用意に開けてはならず、開けられたらきつく叱りつけないといけないから……。

どうしてそんなふうに、この道具はなっちゃったんだろうなぁ、と思いながらぼーっとしていると、真久部さんがびっくりしたように俺の顔を見ていた。

「……」

「え? な、何ですか?」

そんなまじまじと無言で、珍しい生き物を見るような目はやめて。

「何でも屋さんて……」

「はあ……」

「……」

言いかけて、結局何も言わずに真久部さんは首を振った。そのままじゃ気持ち悪いから、言いたいことがあるならはっきり言ってほしいと口を開きかけると、ニイッと唇の端を上げ、今日で一番怪しい笑みを見せられた。

「きみ、さすがはうちの店員なだけありますね」

いや、それは聞き捨てならないぞ。

「臨時! 臨時の店員です。俺の本職は何でも屋ですからね!」

ふふ、と真久部さんは楽しそうに笑う。

「それでもいいんです。何でも屋さんは何でも屋さんのままでいてください。いつまでも、あなたのままで」

何故かいきなり機嫌が良くなった真久部さんは、その考え方が一番しっくりくるなぁ、とか呟きつつ、気難しいだけの“ご隠居”ではなかったんですね、と一人でうなずいてる。

「お茶、もう一杯いかがです? 何でも屋さん」

うきうきしてるみたい。何で?

「あ、いただきます」

よくわからないけど、楽しそうだから──ま、いいか! 深く考えないのがここの仕事をこなすための秘訣だもんな。

「オルゴールの螺子、また巻いてくださいますか? “ご隠居”も、久しぶりに奏でるその曲を、もっと聴いてもらいたいでしょう」



その後、お茶とたまに茶菓子を摘みながら、何度も螺子を巻き直してあの曲『亡き王女のためのパヴァーヌ』を聴いた。

不思議なことに、何度聴き返しても飽きることがなかった。
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