第186話 寄木細工のオルゴール 24

文字数 2,081文字

いや、そうじゃなくて、本当はぞくっとしたのかもしれない。俺にはどうしても聞き取れないあの言葉を口にしたとき、真久部さんの唇の端が、にゅうっと意味深に上がったように見えたから。

「椋西さんがいつも大切に扱って、複雑に転がすその手間ごと愛でていたオルゴールです。その子供たちがいらぬ業を積まないよう……具体的には自分を無理に開けようとしたり、壊したりしないように、頑張ったようですよ」

そんなことになったら、相応の報復をしないといけないのでね、と怪しく笑う。

「持ち主のことを思うなら、報復なんてしなければいい、なんていうのは人の勝手な理屈です。この道具はそういう(ことわり)でもって存在している……というか、身を守っているのでね。**が育つ前からそう(・・)ではあったんだろうと思われる……でなければ、ただの我楽多として、とうにどこかの蔵で朽ち果てていただろうから……」

途中から何かを考察してるふうの真久部さんに、ふと聞いてみた。

「道具も、生き残るにはパワーが必要ってことなんでしょうか……?」

どう言えばいいんだろう、生命力みたいな? そうたずねてみると、力だけではないですよ、と謎めいた答が返ってきた。

「人が死にたくないように、道具も壊れたくない。わかるでしょ? だから力があれば足掻くし、無くても足掻く。だけど、道具にも人と同じく運、不運がありますから、運がよければ長く生き残れて、悪ければ──まあ、いろいろあるんですよ」

「……」

道具の気持ちはわからないけど、あまり詳しく聞くと怖そうなので、俺はただうなずいて黙っておくことにした。

「このオルゴールの**は邪悪ではないので、椋西さんの子供たちは運が良かった。悪意のある**だと、わざと業を背負わせて障るのを楽しみますからねぇ……」

因縁つけるってやつかな。それとも、因縁つける理由、というか、隙? みたいなのをわざと作って引き込むみたいな感じ? そういうのだったら、怖っ! ……やっぱりさ、触らぬナントカに祟りなしってことで、怪しいものには近づかないのが一番だよね! ──いま、その真っ只中(慈恩堂)にいるわけだけどさ。

「椋西さんの事情聴取によると、一番幼かった息子さんは、鍵を開けて抽斗の中のオルゴールに手を触れたら、するっと板が動いて……その瞬間、とても怖くなったということです。中にいる何かに叱られたような感じがしたとかで。お父さんが怒るより怖かったと言われたと、苦笑いしてらっしゃいましたねぇ……」

息子さんが思わず抽斗を閉めると、鍵はまたひとりでに締まったそうだ。

「そのすぐ上の娘さんは、どきどきしながらオルゴールを抽斗から取り出し、明るい窓際に持って行く途中足を引っ掛け転びかけ、手から落としかけたときに指先が板を動かしてねぇ、当時好きだったアニメキャラの声で、元に戻さないとお仕置きするぞと言われたそうですよ」

そのキャラの魔女っ子に嫌われたかもしれない、と泣いていたという。

「長女の清美さんの場合は、抽斗から出して何手順かは動かしたみたいですね。でも、それまで秘密箱なんて触ったこともないので上手くいくわけもなく、壊れてもあとで接着剤でくっつけておけばいいだろうと、もう少し乱暴に押したり引いたりしていたところ、お祖母さんが自分を呼ぶ声が聞こえて……見つかったら叱られると、元に戻して何食わぬ顔で書斎を出たということです」

その日、お祖母さんは朝から出掛けていて、声なんか聞こえるはずがないということを思い出したのは、廊下でお母さんに見つかって、習い事をさぼったことを叱られているときだったらしい。

「それ、本人たちは怖かったでしょうけど……」

だいぶやさしいですね、と俺は思わずそう言っていた。

「なんというか……罪を犯したら、罰さないわけにはいかないので、未然に防ぎきった、みたいな。たしかに……頑張ったんでしょうね、コレ……」

オルゴールに目をやりつつ、お疲れさまって労いたくなりました、と呟くと、真久部さんは、本当にね、とうなずいた。

「そんな骨を折ってくれたのも、先代椋西さんがコレを大事にしてたからですよ。だからコレも持ち主を大事にしてくれた。──自分の所有している道具のせいで、自分の子供たちに不運と不幸(ハードラック)が訪れたら、一番悲しむのはその持ち主ですからね」

「だけど、それでもやっぱり悪夢は見せたんですか……」

「そういう(ことわり)ですからね」

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、を強制的にやらせた感じでしょうか、と、胡散臭く微笑んでみせる真久部さんに、引き攣りつつも何とか笑みを返しながら、不安になってきた。──俺、今夜の夢大丈夫かなぁ……。開けたんじゃないけど、閉めただけだけど……。

「でも、だいぶん軽く済ませてくれたみたいですよ。息子さんは二晩、その上の娘さんは三晩。たぶん、この二人が自分のしたことを、あまりよくわかってなかったからでしょう」

子供の無邪気さに免じて、というところでしょうか、と真久部さんは言う。

「でも、長女の清美さんは違う。悪いこととわかっていて、その悪いことをしようとした。そのせいか、一人だけ七日間悪夢に悩まされたようですよ」
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