第250話 家神様の代償
文字数 2,095文字
「それは無いと思いますよ」
「本当に?」
「ええ。神という存在は、そう簡単に消えたりなくなったりするものではない──。ただ、そういう存在であっても、理に外れた行いをすれば代償を払わなければならず、だからこそ御神体は壊れてしまった」
みだりに顕現し、この世の物事に直接力を及ぼすなど、本来はしてはならないことでしょうからね、と真久部さんは言う。
「じゃあ、家神様はまだそこにいらっしゃるんでしょうか?」
壊れた御神体の中に。居心地悪そうだけども……。
「そうですね、残り香のようなものは残っているでしょうね。そういう意味ではまだそこに在るといえる。だけど残り香なので、かつての力は無い」
残り香、ってことは、本人はいない、ってことにならないか?
「えっと。それを残したご本人? は今どこに……?」
「たぶん今は、橘の木にでも宿っているんじゃないかな──。長年家神様の社とともにあった木だしね」
これも僕の推測と憶測のひとつにすぎないけど、と真久部さんは考えるように首を傾げる。
「あるいは、池の金魚に宿ったかもしれない。水無瀬家の家紋からして魚と縁の深い神様のようだから、親和性はあると思うんですよ」
長生きしてる金魚がいると、水無瀬さんもおっしゃってましたし、と続ける。
「まあ、何というか……磐座から神籬に、仮住まいをしてるみたいなものなんじゃないかと考えてるんですが……」
「いわくら? ひもろぎ?」
あまり聞いたことのない言葉。わかってない俺に説明の必要性を感じたらしく、真久部さんは教えてくれる。
「磐座 というのは、神体のことです。神の宿るもの、坐すところ──富士山のような、昔からの信仰の対象である山もそうですし、福岡県の沖ノ島のように、ひとつの島がまるごと神体とされているところもある。古い神社の境内で、注連縄が巻かれているような石を見たことないかな? あれも神体です」
頭に尊敬の意味を表す「御」をつけて、「御神体」と呼ぶのが一般的ですけどね、とつけ加える。
「神社によって、何を御神体とするかは様々です。伊勢神宮なら八咫鏡だし、奈良にある石上神宮は布都御魂剣です。そうそう、横綱も、御神体なんですよ。相撲は神事ですから」
「え? お相撲さん?」
意外なラインナップ(?)。
「土俵入りのとき、化粧廻しの上に注連縄を巻いてるでしょ? あれが“横綱”です」
そう言われ、神社の隅っこでひっそり祀られている石と横綱の立ち姿が、俺の頭の中でイコールになった──。そっか、あれとあれは同じ意味なのか……。
「神籬 というのは、磐座以外の場所で祭祀を行うときに神様にご降臨願うものです。──ここらへんは時代によって解釈が違ったりしてややこしいので、母屋が磐座で、神籬は離れ、あるいは仮の宿だと僕は思っています」
「母屋と、離れ……仮の宿、ですか?」
「まあ、あんまり難しく考えなくてもいいですよ。僕はそうしてます。どちらに在っても神様は神様、それさえわかっていれば」
「はあ……」
うん、俺もそれでいいや。難しく考えるなんて無理。
「さて、話を戻しますね。水無瀬家の家神様は、神という存在として少々領分を越えた行いをした。つまり、禁忌を犯してしまった。その結果母屋である磐座が壊れてしまったので、とりあえず神籬に移ったのだと──離れか仮の宿かまではわかりませんが、そのように僕は考えてるんだよ」
だから、消えたり失われたりしたわけではなく、家神様はまだ水無瀬家に在ると真久部さんは言う。
「……」
磐座とか神籬とか考えるとややこしいけど──、でも単純に、A地点からB地点に移ったものが同じものだというなら、それは。
「コピー、したみたいなものですか? んで、別の場所に貼り付け」
「それはなかなか面白いたとえだね、何でも屋さん──」
吟味するように、真久部さんは少し考えているようだった。
「そう、ですね。この場合、割れた御神体は壊れたファイル、なのかな。力を揮うこと、つまり開くことができない。だから別の場所に己自身をコピーしたけれど、そのコピー先は元の場所ほどの容量がなくて、全てを移しきれず、元と同じようには動けない……」
パソコンに詳しくないので、あまり上手くたとえられないですが、と苦笑する。
「要するに、パワーが足りないんですね。でも、それでこそ代償です。長年過ごして居心地の良かった場所から、本来は一時的なものであるはずの窮屈な場所へ移らざるを得なくなり、そうなると元と同じようには動けない」
「……」
「それでも、家神様はそうするだけの価値があると判断して、水無瀬の叔父さんの願いに応えたんでしょう。──だって、一人っ子なんですよ、水無瀬さんて」
「え?」
「もしもその時、叔父さんの助けが間に合わずに命を落としていたら、水無瀬家はお父さんの代で絶えるところだったでしょうね」
それが水無瀬さんの寿命だったならば、いくら叔父さんの力 に乗せた声でも聞き入れなかったでしょうけれど、と続ける。
「突発的な外的要因、つまり、呪いの招き猫のせいですからねぇ」
──いつやるの? 今でしょ!
真久部さんの微妙な表情を見ながら、俺は某人気塾予備校講師の言葉を思い出していた。
「本当に?」
「ええ。神という存在は、そう簡単に消えたりなくなったりするものではない──。ただ、そういう存在であっても、理に外れた行いをすれば代償を払わなければならず、だからこそ御神体は壊れてしまった」
みだりに顕現し、この世の物事に直接力を及ぼすなど、本来はしてはならないことでしょうからね、と真久部さんは言う。
「じゃあ、家神様はまだそこにいらっしゃるんでしょうか?」
壊れた御神体の中に。居心地悪そうだけども……。
「そうですね、残り香のようなものは残っているでしょうね。そういう意味ではまだそこに在るといえる。だけど残り香なので、かつての力は無い」
残り香、ってことは、本人はいない、ってことにならないか?
「えっと。それを残したご本人? は今どこに……?」
「たぶん今は、橘の木にでも宿っているんじゃないかな──。長年家神様の社とともにあった木だしね」
これも僕の推測と憶測のひとつにすぎないけど、と真久部さんは考えるように首を傾げる。
「あるいは、池の金魚に宿ったかもしれない。水無瀬家の家紋からして魚と縁の深い神様のようだから、親和性はあると思うんですよ」
長生きしてる金魚がいると、水無瀬さんもおっしゃってましたし、と続ける。
「まあ、何というか……磐座から神籬に、仮住まいをしてるみたいなものなんじゃないかと考えてるんですが……」
「いわくら? ひもろぎ?」
あまり聞いたことのない言葉。わかってない俺に説明の必要性を感じたらしく、真久部さんは教えてくれる。
「
頭に尊敬の意味を表す「御」をつけて、「御神体」と呼ぶのが一般的ですけどね、とつけ加える。
「神社によって、何を御神体とするかは様々です。伊勢神宮なら八咫鏡だし、奈良にある石上神宮は布都御魂剣です。そうそう、横綱も、御神体なんですよ。相撲は神事ですから」
「え? お相撲さん?」
意外なラインナップ(?)。
「土俵入りのとき、化粧廻しの上に注連縄を巻いてるでしょ? あれが“横綱”です」
そう言われ、神社の隅っこでひっそり祀られている石と横綱の立ち姿が、俺の頭の中でイコールになった──。そっか、あれとあれは同じ意味なのか……。
「
「母屋と、離れ……仮の宿、ですか?」
「まあ、あんまり難しく考えなくてもいいですよ。僕はそうしてます。どちらに在っても神様は神様、それさえわかっていれば」
「はあ……」
うん、俺もそれでいいや。難しく考えるなんて無理。
「さて、話を戻しますね。水無瀬家の家神様は、神という存在として少々領分を越えた行いをした。つまり、禁忌を犯してしまった。その結果母屋である磐座が壊れてしまったので、とりあえず神籬に移ったのだと──離れか仮の宿かまではわかりませんが、そのように僕は考えてるんだよ」
だから、消えたり失われたりしたわけではなく、家神様はまだ水無瀬家に在ると真久部さんは言う。
「……」
磐座とか神籬とか考えるとややこしいけど──、でも単純に、A地点からB地点に移ったものが同じものだというなら、それは。
「コピー、したみたいなものですか? んで、別の場所に貼り付け」
「それはなかなか面白いたとえだね、何でも屋さん──」
吟味するように、真久部さんは少し考えているようだった。
「そう、ですね。この場合、割れた御神体は壊れたファイル、なのかな。力を揮うこと、つまり開くことができない。だから別の場所に己自身をコピーしたけれど、そのコピー先は元の場所ほどの容量がなくて、全てを移しきれず、元と同じようには動けない……」
パソコンに詳しくないので、あまり上手くたとえられないですが、と苦笑する。
「要するに、パワーが足りないんですね。でも、それでこそ代償です。長年過ごして居心地の良かった場所から、本来は一時的なものであるはずの窮屈な場所へ移らざるを得なくなり、そうなると元と同じようには動けない」
「……」
「それでも、家神様はそうするだけの価値があると判断して、水無瀬の叔父さんの願いに応えたんでしょう。──だって、一人っ子なんですよ、水無瀬さんて」
「え?」
「もしもその時、叔父さんの助けが間に合わずに命を落としていたら、水無瀬家はお父さんの代で絶えるところだったでしょうね」
それが水無瀬さんの寿命だったならば、いくら叔父さんの
「突発的な外的要因、つまり、呪いの招き猫のせいですからねぇ」
──いつやるの? 今でしょ!
真久部さんの微妙な表情を見ながら、俺は某人気塾予備校講師の言葉を思い出していた。