第93話 お地蔵様もたまには怒る 12

文字数 2,707文字

つい先週も、そういえば、その日見かけた野良猫がどんな柄で、どこに(たむろ)してたか聞かれたっけなー、と思いながら訊ねてみる。

「え、えーと。真久部さん、直接その人とやり取りしたりは?」

“ウォッチャー”の<風見鶏>は、刻々と移り変わるネットの情報をウォッチするだけじゃなく、自ら直接外部に働きかけての情報収集も怠らない──四国の田中さんとか、俺とかな。だから、新規の情報提供者の開拓を試みていてもおかしくないと思ったんだけど──。

「ないですね」

首を振る。

「僕はあまりネットはやらないので。それに、田中さん以外がその人に連絡を取るのは難しいんだそうですよ、何でも、複雑な手順を踏む必要があるとか──」

なぁんだ。俺に<風>なんてコードネーム? を付けたみたいに、真久部さんにも何か名前を付けたんじゃないかと密かに期待してたのに。そう、骨董屋らしく<茶碗>とか。その場合、対になる<風見鶏>の名前は<はてな>だと思う。

『はてなの茶碗』なんてな! 

……しょーもない連想、自重。今、落語の噺は関係ないし。真久部さん真面目な顔してるし。

「何だかよく分からない人ですよね。何でも屋さんの言うとおり、ただの酔狂な人なのかもしれません。でも、今回はその酔狂に助けられたわけだから、有難いことです」

しみじみ頷いてる真久部さん。そうだよな、分かる! <風見鶏>の情報は、貴重だ。それに彼は基本、親切だ。「知りたいことを教えてあげる」というのは、裏を返せば「訊ねたこと以外には答えない」ってことなんだけど、それでも役立つ提案とか、ヒントとか与えてくれたりもする。

「その人なんですね、出来ることからやればいい、ってGPSの活用を提案してくれたの」

「ええ」

頷く真久部さん。やっぱりね。

「田中さんのところにね、超小型GPSと受信機のセットが送られてきたらしいんです。送り主の名前も住所も架空のものだったそうだけれど」

無事、不動像を取り戻し、元のお堂に安置した翌日のことだという。宅急便が届いたのと同時くらいに、田中さんにその人から連絡が入って、送り主が誰なのか分かったんだとか。──うん、<風見鶏>ってそういうヤツだよな。いつも、何というか絶妙のタイミングでメール入れてきたりするから、びっくりするんだ。

「送り主曰く、今回のようにいつでも行方が分かるとは限らないから、用心のためにGPSを仕掛けておくといいよ、と。田中さんのスマホでも、簡単に追跡出来るように設定? してくれてあったんだそうです」

ちょっとしたサービスっていうことだけど、すごいですよね、と感心する真久部さん。俺も全く同感だ。いつもながら用意周到──。っていうか、他人の携帯とかスマホ、勝手に設定いじるのやめようよ、<風見鶏>。悪用なんかしないって、信じてるけどさ。

「とはいえ、相手はお不動様。お地蔵様のように涎掛けは着けられないから、どうしよう? と悩んでいたそうなんですが……。台座の裏側側面にちょうどいい窪みがあったらしくてね。世話役さんとも相談して、そこに何とかして取り付けることにしたんだそうですよ。数ヶ月に一回、電池の交換をしないといけないけど、昔から地域の人々が大切にしてきたものを、失うよりはずっと良い。そう田中さんは言ってました」

「本当にそうですよね……」

注意一秒怪我一生、っていうけど、注意年に数回程度で済むのなら、そのほうがずっといい。電池さえ定期交換しておけば、毎日ちょっとスマホの画面を見るだけで無事を確認出来るし、もしもまた盗まれたとしても、行方が分かる。一生の後悔をしなくて済むんだ。

「で、ね。田中さん、当然お礼を言ったそうなんですが、話の流れで、今回のお不動様のように、盗難に気づいて探す人がいる場合はいいけど、各地で盗難に遭っている石像石仏は、何時盗まれたのかすら分からないものが大半で、心ある人たちもどうすればいいのか分からず、嘆いてる、っていうことを話したらしいんです。そうしたら──」

出来るところからやればいいんじゃない? しごく軽い調子でそう言われたのだという。

「防犯カメラはともかく、GPSや、防犯用振動センサー。そういうものは美術館とか大きなお寺、神社だけのものだという認識をしてました。でも、確かに最近は小型化も進んでるし、設置場所によっては風雨が心配かもしれないけど、それなら装置を密閉できる小袋みたいなのもある、と教えられて、僕も眼から鱗が落ちましたよ」

道端のお地蔵様に防犯グッズ。そんなの、思いつきもしなかった。さすが、<風見鶏>。目のつけどころが違うなぁ。でもさ……。

「それだと、すごくお金がかかるんじゃないですか? 星の数ほどありますよ」

地域密着型の何でも屋である俺の行動範囲だけでも、幾つあるかなぁ……。コンビニの裏の一段上がった土手っぽいところに一体、草野さんちの前の道沿いに一体、桜の辻にも祠を建ててそこには三体くらいあったような。

「ええ、その通りです。費用の問題が、ただ心配するだけで手を付けかねていたことの一番の理由でもあるんですが……」

真久部さんは苦笑し、でもね、と続けた。

「でもね、何でも屋さん。出来るところからやればいい、という言葉が、僕の中にあった固定観念を壊してくれたんです。星の数ほど、数え切れないほど沢山あるそれを、どうやって護ればいいのか、そんなことが出来るのかと、ただ呆然と立ち尽くし、手を付けかねて途方に暮れていただけでしたが、だけどそう、自分の手の届く範囲だけなら、確かに僕にも出来ることはあるんです。実はとてもシンプルな問題だったと気づいたんですよ」

だから、自分の住む町の、自分の店の近くにあるお地蔵様から始めることにしたのだと、何か吹っ切れたような、迷いの無い表情で言い切る。

「……すごいですね、真久部さん」

本当に、すごいや真久部さん。俺だったら途方に暮れたまま、ただその場で足踏みしてるだけだと思う。

そんなことなら、俺も時間のある時にボランティアさせてもらいます、と言うと、助かります、と喜んでくれた。うん、防犯装置購入費用として、俺もあとで少しばかり寄付させてもらおう。ちみちみとでも毎月続ければ、塵も積れば山となるっていうし。

「じゃあ、昨日俺が伯父さんに頼まれた涎掛けの奉納も、その一環だったんですね」

こういうのって、継続するのが大事なんだよな、と思いながらふと訊ねてみると。

「……」

無言。あれ? 真久部さん、また変な表情に……。
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