第239話 逆転の発想

文字数 1,526文字

「裕福なのに、手癖が悪いっていうか、人のものを盗むんですか──?」

不思議に思ってたずねてみると、真久部さんは何ともいえない笑みをみせた。

「物質的に恵まれていても、そういう人には関係ないんだよ──。実家でも持て余されてたでしょうね」

「……」

「想像してみてください。好き勝手できる実家から放り出されて、行きたくもない他所の家に預けられた人の気持ちを。したくもない仕事をさせられて、ちょっと怠ければ叱られる。たまに母屋のものをくすねて心を晴らすも、開いてる蔵に誘われてそこから小物を持ち出せば、たちまち家鳴りが起こって家人が飛んでくる。そしてまた叱られる。怒られる。繰り返すうちに、あまり普通ではない怖さにも慣れてしまい──きっと、もう不満しか残っていなかったと思いますよ」

「不満、ですか……」

あの強烈な主張(・・)に慣れられるとは、なんという強心臓! としか俺には思えない……。

「蔵は、中のものを持ち出すと騒ぐ──。それはその彼も身に染みていたに違いありません。だけどあるとき彼は気づいたんだよ、外から中に持ち込むぶんには何も起こらない、と」

「え」

思わず、俺は目の前の地味な男前面をまじまじと見つめてしまった。

「何というか、逆転の発想? で、そこから思いついたんでしょう、蔵に呪物を収めることを。じわじわと水瀬家を侵食する、悪意の塊を」

いつもの読めない表情で、そんな怖いことをあっさり言いきってしまう。っていうか、逆転の発想……?

「えっと……、自分の了承なくものが減るのは許せない。けど、増えるのなら、それがたとえ呪物のような良くないものでもかまわない、ってことですか? 蔵としては」

「そういうことなんだろうねぇ。現金なものです」

それがアレの(しょう)なのだから、仕方のないことですけど、と溜息を吐いてみせる。

「結果的に、主の子孫を害する悪意とコラボすることになってしまったわけだから、困ったものですよ」

コラボって。でも──。

「何だか、時限爆弾みたいですね……」

上手く言葉が出て来ず、つい変なたとえをしてしまったけど、真久部さんはそうですねぇ、とうなずいてくれた。

「幼い水無瀬さんをターゲットに選んだのは、多分、効果がわかりやすいからだと思うんです。呪物といっても、効くか効かないかわからない。ああいうものは、だいたいが気のせいか勘違い、思い込みなのでね。ただ、子供はあちらとこちらの狭間にいて、未だ存在が曖昧だから……」

悪意に引っ張られて、あちらの世界に迷い込んだまま戻って来れなくなってしまいやすい、と聞かされて、俺は背中が寒くなった。

「──良く無事でしたね、水無瀬さん」

現在の水無瀬さんは、八十を越えてますますお元気なご長寿さんだ。幼い頃は病弱だったかもしれないが、無事に成長して子を成し、孫も大きくなり、もう少し待てば曾孫の顔を見ることもできるだろう。でも、もしその頃に存在のバランスを崩されて、あっちの世界に追いやられてしまっていたら、息子さんたちも、当然お孫さんたちもこの世に存在せず──。

“根絶やし”。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。怖っ!

「叔父さんと金魚が護っていてくれましたからね。──その金魚の棲む家宝の皿は、たぶんずっと母屋に置いてあったんだと思うんです。水無瀬さんに確認してみたら、お祖父様の部屋にそういう絵の付いた皿が飾ってあったような、そうでないような……ということでしたが」

記憶が曖昧なのは、あまりその部屋に入ることがなかったからでしょうね、と続ける。

「本体は皿にあって、金魚はいつでもそこから抜け出し、水無瀬さんの傍に来ることができた。視える叔父さんとともに、当時水無瀬家で一番弱かった存在、水無瀬さんの傍で悪いものを弾いたり、食べたりしていた」
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