第228話 知らざあ言って聞かせやしょう

文字数 2,200文字

実際は「俺様にひと言断っていけ!」と蔵がごねてるだけなんですけどね、って言うから、俺もちょっと笑ってしまった。

「まあ、逃げても、“祟り”を恐れて後から返しに来た人もいると思いますよ。──防犯効果は、それなりにあるということです」

「……」

盗まれた仏像とかが、そんな感じでいつの間にか元の場所に返されてるっていうのも、よくある話だよな──。祟りがどう、というよりも、お天道様が見ているという意識が犯人の心のどこかにもきっとあるから、自分が悪事を働いたということが、だんだん耐え難くなってくるんだろうと俺は思っている。何か不思議なことに追い討ちを掛けられることも、あるのかもしれないけど……例えば、夜な夜な盗んだ仏様に説教される夢を見た上に、毎日毎日朝昼晩、足の小指をどこかにぶつけるとか──。

「僕が想像するに、御祖父様はそこらへん、わりと大らかに考えておられたんじゃないかな、と。躾に利用というか、人様のものを勝手に持ってきてはいけません、という当たり前のことを、ちょっとしたトラウマとともに植えつけるのに打ってつけといいますか……」

盗癖のある人には、効果的だったと思うんですよねぇ、と真久部さんは考えるように首を傾げる。

「盗みが悪いことだと思わなかったり、悪いことだと知ってはいるけど、バレなければいいと思っていたり。そういう人は悪事が発覚して、どんなに叱られても折檻されても、懲りずにまた同じことを繰り返すそうです。でも、自分を叱ったのが“神様”だったとしたら? 人智を越えた存在が、自分の行いに対して怒りを露にしていると、容赦なく知らせられたら?」

どう感じると思います? とたずねられたので、想像してみた。

開いた蔵の扉──。
そこからするりと中に忍び込み、こっそりと何かを持ち出す誰か。一歩足を踏み出して、外に出た途端──。

 ミシミシ
 パシパシ

始まる家鳴り。気味悪く思い、そのまま逃げようとすると……。

 バリバリッ
 ギッシギッシ

蔵全体がますます軋む。この泥棒めと、その誰かを責めるように。恐怖のあまりへたり込む誰かの手から、ころんと地面に転がる北海道土産の木彫り熊──。

──って、木彫り熊は俺の勝手なイメージだけど。あの蔵の、「俺様に黙って俺様の物を持ち出そうっていうのか、ああん?」とでもいうような、激しい批難アピールからなる家鳴りを実際聞いたことがあるだけに、わかる。

「吃驚して……それから恐怖が込み上げてくるでしょうね。人目を憚るような行為をしていることは自覚してるでしょうから、その直後にあんなふうに(・・・・・・)蔵に怒られたら、さすがに自分は悪いことをしたんだと、そのせいでこんな恐ろしい目に遭っているんだと、理解というか、ようやく腑に落ちるというか、さすがに懲りると思います」

そう答えると、模範解答に満足したように真久部さんはにっこりする。

「実はね、水無瀬家で古い書付を見つけたんですよ。居候というか食客受け入れの記録で、それは御祖父様の手になるものでした。何年何月何日、どこの誰それ何歳がどういう縁で水無瀬家に来て、また出て行ったのかを簡単に記したもので、役所の転入転出記録みたいなものです」

「それは……几帳面な方だったんですね」

「ええ、そうですね。で、それを見ていて気づいたんだけど、ときどき名前の下に<白浪>と書いてあるものがあるんです。それが老若男女に脈絡無くて、最初は意味がわからなかったんだけど──、蔵についての水無瀬さんの言葉を思い出して、合点が行ったんですよ」

“泥棒製造機”、とその言葉を言ってみせる。

「泥棒といえば、白浪。ということは──」

ね、わかるでしょう? と悪戯っぽく問われたけれども、俺には意味がわからなかった。

「しらなみ……? 波と泥棒の間にどんな関係が……」

あるんだろう? 白波と聞いても、俺の頭には『我は海の子』の歌詞しか浮かばない。騒ぐ磯辺の松原に、とふと歌ってみたら、真久部さんががくっとしていた。

「そっちじゃなくて。えーっと……ほら! 歌舞伎の演目で聞いたことないですか、『白浪五人男』とか、『弁天娘女男白浪』(べんてんむすめめおのしらなみ)とか──」

「あ……“知らざあ言って 聞かせやしょう”っていう、あれですか? 盗人ものでしたっけ?」

歌舞伎なんか観たことないけど、何でかその科白だけ知ってる。
  
「そうです。白浪というのは盗賊を指す隠語で──」

真久部さんは説明してくれた。元は中国から伝わった言葉らしい。“白浪谷”という地名がその由来で……なぁんだ。波のようにささーっと現れて盗みを働いて、また波のようにささーっと去っていくから“白波”っていうのかと思ったのに。

「はあ……まあとにかく、水無瀬さんの御祖父様は、預かった人のうち、特に盗癖のある者の名前にそれを記したんじゃないかと僕は推測しています。多分、洒落だったんじゃないかな……」

そう締めた真久部さん、ちょっと遠い眼をしてる──俺が本気でボケすぎて、ギャグがスベって行方不明になったみたいなもんだもんな。うう、教養不足ですみません……。

「えっと、つまり、その。受け入れてみたら、たまたまそういう人がいたっていう話ですか?」

俺だってちょっとは頭使わなくちゃ。うん。

「たまたまじゃなくて……わざわざ、だったんじゃないかなぁ。盗癖のある人を、わざわざ預かったんじゃないかと僕は睨んでるんです」

「……」

頭、使ってみたけど、まだまだだったみたい。
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