第172話 寄木細工のオルゴール 10
文字数 1,928文字
「ってことは、最初からこうだったと?」
「手強い開けにくさは、そうでしょうね。──でも、オルゴールの音はともかく、“声”のほうはさすがにありませんよ」
今思いついたけど、この“声”ってイメージ的にクイズの不正解音みたいですよね、なんて真久部さんはシニカルに笑う。ええー……。あの、「ブブー!」とかいうブザーみたいな音のこと? そんなに平和なものかな、それ……。
「人の身ではつけることのできない、前衛的な効果音だよねぇ」
怪しく笑いながら、そんなことを言う。
「前衛的っていうより怖いですよ。……でも、嫌な効果音だなぁ……」
「まあ、効果満点すぎてうちに流れ着くことになったんでしょうが……」
そこまで言って、真久部さんはふいに真剣な顔で黙り込んだ。いきなりのことに、え? どうした? と戸惑っていると、突然立ち上がって帳場机の一番下の抽斗をごそごそし始めた。
「確かここに詳しい来歴が……あ、あった」
ちゃぶ台コタツに持って戻ってきたのは、分厚い手帳。
「何でも屋さん、今日来た客って、どんなふうな人でした?」
「どんなふうって、女の人でしたよ」
「他には?」
「えっと──」
促され、宙を睨んで俺はあの客の姿を思い出そうとした。無言で入ってきて、無言で店内を見回し、無造作に寄木細工のオルゴールに手を伸ばした、あのやたらにぞんざいでマナーの悪い……。
「背は……高くもなく、低くもなく、ってところだったかな。細身だから高く見えるって感じ。お洒落なロングコートに、ロングのスカート? うん。足元はローヒールのパンプス。髪型は……なんというか、長くないウエービーヘア? 肩につくかつかないかくらいまでの、チリチリってことはない、でも強めのウエーブ。顔は……」
こっちに背中向けてたからなぁ……。
「えーっと、眼鏡が印象に残ってます。小顔だったからかな? 眼とかはそんなに大きくなかったような……うーん、地味だったな。メイクでお洒落に見せてる感じ。全体的にてきぱきしたデキる女ふう? 年の頃はだいたい五十代半ばくらい、だったような」
「……」
真久部さんは珍しく苦虫を噛み潰すような顔をした。
「……もしかして、知ってる人でした?」
「清美さんだ」
嫌なものを吐き出すように言う。
「今日目利きに出掛けた先の、椋西さんちの長女」
「ああ、真久部さんが先代にお世話になったっていう……?」
断りきれなかったって言ってたっけ。
「是非にと頼んできた本人が姿を見せないのもともかく、鑑定してほしいという品はどう見ても最近買ってきたもののようだし、どうもおかしな具合だと思っていたら、そういうことだったのか……」
ふうっ、と大きな息を吐く。
「このオルゴールね、椋西の先代も持ってたことがあるんですよ」
「え?」
真久部さんは手帳に目を落とした。
「歴代の持ち主の、何代目かな? えっと──そうそう、一応七代目。最初のほうは不詳なので、わかる範囲での話ですけどね……。八、九ときて、うちで十代目」
「そ、その先代って人は、例の声を聞いたり……?」
そして悲惨で陰惨で陰鬱な運命の死を──。
俺の顔色を見た真久部さんは、首を振った。
「いえ。何でも屋さんの想像しているようなことはありませんよ。ものの分かった方だったので……ただの変わったオルゴールとして楽しんでいたと聞いています。一時、組木細工に凝ったことがあったとかで」
これの鳴らし方の正確な手順を教えてくれたのは、先代椋西さんでした、と真久部さんは言う。
「ご注文いただいた壺を持って伺って、四方山話に花を咲かせたとき、うち に開けられない鳴らせないという困ったオルゴールがあって、という話をしたら、もしかしてそれは──となったわけです。前の持ち主から、決して開けない、開けようとしない、という約束で譲り受けて持っていたんだそうですが、どうしてもそれが欲しいと頼む人があって、あまりしつこいものだから嫌気がさして別の骨董仲間に譲ってしまったのだとか」
その方も骨董とのつき合い方を心得ている趣味人だったので、こういう危ないものを譲るにしても心配はなかったそうですが、と続ける。
「その骨董仲間のお父さんが、騙されて売ってしまったんだそうです」
真久部さんは手帳に目を落とす。
「売った先が、椋西さんにしつこくそれを譲って欲しいと頼んでいたという男──その男は何やら非業の死を遂げたようですが……」
「……」
怖っ! 聞いちゃったんだろうな、“声”……。開けようとしなければよかったのに。
「うちが買い取ったときには、もちろんそんな詳しい事情まではわからなかったんですが──、これはそれなりに高価な品なので、来歴はわかる限り記録してあるんですよ」
素性が分かるものは、分かるようにしてあるんです、と言う。
「手強い開けにくさは、そうでしょうね。──でも、オルゴールの音はともかく、“声”のほうはさすがにありませんよ」
今思いついたけど、この“声”ってイメージ的にクイズの不正解音みたいですよね、なんて真久部さんはシニカルに笑う。ええー……。あの、「ブブー!」とかいうブザーみたいな音のこと? そんなに平和なものかな、それ……。
「人の身ではつけることのできない、前衛的な効果音だよねぇ」
怪しく笑いながら、そんなことを言う。
「前衛的っていうより怖いですよ。……でも、嫌な効果音だなぁ……」
「まあ、効果満点すぎてうちに流れ着くことになったんでしょうが……」
そこまで言って、真久部さんはふいに真剣な顔で黙り込んだ。いきなりのことに、え? どうした? と戸惑っていると、突然立ち上がって帳場机の一番下の抽斗をごそごそし始めた。
「確かここに詳しい来歴が……あ、あった」
ちゃぶ台コタツに持って戻ってきたのは、分厚い手帳。
「何でも屋さん、今日来た客って、どんなふうな人でした?」
「どんなふうって、女の人でしたよ」
「他には?」
「えっと──」
促され、宙を睨んで俺はあの客の姿を思い出そうとした。無言で入ってきて、無言で店内を見回し、無造作に寄木細工のオルゴールに手を伸ばした、あのやたらにぞんざいでマナーの悪い……。
「背は……高くもなく、低くもなく、ってところだったかな。細身だから高く見えるって感じ。お洒落なロングコートに、ロングのスカート? うん。足元はローヒールのパンプス。髪型は……なんというか、長くないウエービーヘア? 肩につくかつかないかくらいまでの、チリチリってことはない、でも強めのウエーブ。顔は……」
こっちに背中向けてたからなぁ……。
「えーっと、眼鏡が印象に残ってます。小顔だったからかな? 眼とかはそんなに大きくなかったような……うーん、地味だったな。メイクでお洒落に見せてる感じ。全体的にてきぱきしたデキる女ふう? 年の頃はだいたい五十代半ばくらい、だったような」
「……」
真久部さんは珍しく苦虫を噛み潰すような顔をした。
「……もしかして、知ってる人でした?」
「清美さんだ」
嫌なものを吐き出すように言う。
「今日目利きに出掛けた先の、椋西さんちの長女」
「ああ、真久部さんが先代にお世話になったっていう……?」
断りきれなかったって言ってたっけ。
「是非にと頼んできた本人が姿を見せないのもともかく、鑑定してほしいという品はどう見ても最近買ってきたもののようだし、どうもおかしな具合だと思っていたら、そういうことだったのか……」
ふうっ、と大きな息を吐く。
「このオルゴールね、椋西の先代も持ってたことがあるんですよ」
「え?」
真久部さんは手帳に目を落とした。
「歴代の持ち主の、何代目かな? えっと──そうそう、一応七代目。最初のほうは不詳なので、わかる範囲での話ですけどね……。八、九ときて、うちで十代目」
「そ、その先代って人は、例の声を聞いたり……?」
そして悲惨で陰惨で陰鬱な運命の死を──。
俺の顔色を見た真久部さんは、首を振った。
「いえ。何でも屋さんの想像しているようなことはありませんよ。ものの分かった方だったので……ただの変わったオルゴールとして楽しんでいたと聞いています。一時、組木細工に凝ったことがあったとかで」
これの鳴らし方の正確な手順を教えてくれたのは、先代椋西さんでした、と真久部さんは言う。
「ご注文いただいた壺を持って伺って、四方山話に花を咲かせたとき、
その方も骨董とのつき合い方を心得ている趣味人だったので、こういう危ないものを譲るにしても心配はなかったそうですが、と続ける。
「その骨董仲間のお父さんが、騙されて売ってしまったんだそうです」
真久部さんは手帳に目を落とす。
「売った先が、椋西さんにしつこくそれを譲って欲しいと頼んでいたという男──その男は何やら非業の死を遂げたようですが……」
「……」
怖っ! 聞いちゃったんだろうな、“声”……。開けようとしなければよかったのに。
「うちが買い取ったときには、もちろんそんな詳しい事情まではわからなかったんですが──、これはそれなりに高価な品なので、来歴はわかる限り記録してあるんですよ」
素性が分かるものは、分かるようにしてあるんです、と言う。