第148話 たくさん遊べば 7
文字数 2,275文字
「元気だったかい?」
真久部さんより、数段怪しい笑みで問いかけてくる。
「あ、はい……真久部さんもお変わりないようで……」
あはは~、と無難に笑っておく。きらきらと、いつでもどこでも面白そうなものを探してるような眼がコワイ。
「甥に聞いたけど、何でも屋さん、夏に何やらなかなかのものを手懐けたんだそうだねぇ?」
手懐ける? 俺、そんなことしたっけ? 野良猫ならたまにもふってるけど……。そう思いながら真久部さんのほうを見ると、おにぎりをにぎる仕草をしてみせる。
「え? “御握丸”のことですか?」
思わず素っ頓狂な声が出た。行きがかり上、なかなかの(怪しい)ものを預かった自覚はあるけど、手懐けてはいないよ? 俺の思い通りに動いてくれるわけでもないし。持った人の手を、徒に傷つけるようなことはなくなった、ってだけ。
「お、おにぎりまるか! あの厄介ものの肥後守にねぇ……さすがだね、何でも屋さん」
くくっと喉の奥で笑って、真久部の伯父さん。
「鬼切丸にしなくてよかったねぇ。もしそんな名前にしたら、本当に鬼を切ろうと今頃頑張ってたかもしれないよ。そんなことしてるうちに、本体の性 が鬼に──」
内心、ひぃっ! と思って店主のほうの真久部さんを見ると、黙って首を振っていた。伯父さんのほうはニヤニヤ笑ってる。担がれたらしい。
「アレはそっち方面の性質じゃなかったですよ、伯父さん。そんな名前をもらっても、せいぜい近くを通った人の手や頬を血が出るか出ないかくらいに薄く切ったりして、反応を喜ぶくらいでしょうよ」
しょせん、悪戯小僧気質です、なんて真久部さんは言うけど、俺は震え上がった。そこまで計算してたかどうか知らないけど、あの日、おにぎり出してくれてありがとう! うっかり濁点を入れて命名してしまった俺、グッジョブ!
そんなこと思いながらも、たぶん顔色が悪くなってる俺に向かって、真久部さんは言う。
「怖がらなくても大丈夫ですよ、何でも屋さん。もし何でも屋さんが“御握丸”ではなく“鬼切丸”と名付けたんなら、その場合は、鞘のところに<鬼>と一文字彫って毎回<鬼>を切るような形にして渡しましたから。名前通りになるので、無害です」
だいたい、人を傷つけるような危ないものを、好んで欲しがったわけでもない人に無理に売りつけたりしないよ、と続ける。──うん、一応ワンコイン五百円で買う形だったんだ。普通だったら五百円どころか五千円、五万円でも買えないんじゃないかな? 恐ろしくて聞いてないけど。
「あ、ははは。ま、まあ、その……お疲れさまです! お茶でも淹れますね!」
俺、今は慈恩堂の店番というか、臨時店員だし。雇い主様とそのお客様にお茶出すくらいするさ! さ、ささどうぞ、お二人とも、帳場の畳エリアに。ホットカーペットのスイッチ、入れましょうか?
「ああ、私はコーヒーがいいな」
首を傾げて、真久部の伯父さん。えーっと、茶櫃の中にコーヒーあったっけ?
「予定外の人の好みはありませんよ。──すみませんね、何でも屋さん。この人にミルクココアをお願いします」
「ん? それでもいいよ。苦いのも甘いのも、私は好きだ」
にったり笑う。ダメだこのヒト。真久部さんも溜息ついてる。俺は普通に煎茶を淹れることにした。
コートを脱いで身軽になった真久部さんが、畳エリアに敷いてある大きめのホットカーペットの真ん中にちゃぶ台を出してくれたから、そこにお茶を出す。伯父さんは先に上がっていて、勝手知ったる様子でカーペットのスイッチを入れていた。
「……ふう、温かい飲み物はホッとするねぇ。なかなかいい茶葉使ってるじゃないか」
「それ、何でも屋さん用ですから」
え? そんなとこまで気を遣ってくれてたの? 真久部さん。伯父さんは、おやっ、という顔をした。
「──まあ、この店の店番は大変だ。出来る人は大切にしないとねぇ」
含み笑いしながら伯父さんは言う。それから、もっとその笑みを怪しくして──。
「ときに、何でも屋さん。今日は変わったお客が来なかったかね?」
「え……? お客さんなら来ましたけど、普通の人でしたよ? そうそう、真久部さん。そこの隅にずっとあった北海道の木彫りの熊、売れましたよ。昔、そこのお家にあったものをここで見つけたらしくて」
「ああ──あの子の番でしたか。それはよかった」
真久部さんがにっこり笑う。今日は笑顔がもっと怪しい人がいるので、真久部さんの笑顔は普通に爽やかに見えた。──折り紙とか、不思議なことは話すのやめとこ。真久部さんはともかく、伯父さんが喜んで色々突っ込んできそう。
「他には?」
伯父さんが俺の顔をのぞき込んでくる。
「他に変わったことは?」
「……」
硝子ドアを叩く音、耳を通らず頭に響いて、いつの間にか心の奥に流れ込んできた声。
「店に……入ってきたお客は 一人だけでしたよ」
そう答えた俺の顔を、探るように面白そうに眺める伯父さん。
「何でも屋さんは、仕事上の注意事項を遵守してくれる。だからこんな季節でも安心して店番を任せられるんだよ、伯父さん」
茶碗を置いて、真久部さんが言う。あれはいつ来るかわからないけど、こちらから招き入れないかぎり何の心配もない、と続ける。
「だいたい、さっきから何ですか、怖がらせるような言い方ばかり。僕でさえ遠慮してるのに、たまにしか顔を見ないからって、いじる気満々でしょう」
真久部さんより、数段怪しい笑みで問いかけてくる。
「あ、はい……真久部さんもお変わりないようで……」
あはは~、と無難に笑っておく。きらきらと、いつでもどこでも面白そうなものを探してるような眼がコワイ。
「甥に聞いたけど、何でも屋さん、夏に何やらなかなかのものを手懐けたんだそうだねぇ?」
手懐ける? 俺、そんなことしたっけ? 野良猫ならたまにもふってるけど……。そう思いながら真久部さんのほうを見ると、おにぎりをにぎる仕草をしてみせる。
「え? “御握丸”のことですか?」
思わず素っ頓狂な声が出た。行きがかり上、なかなかの(怪しい)ものを預かった自覚はあるけど、手懐けてはいないよ? 俺の思い通りに動いてくれるわけでもないし。持った人の手を、徒に傷つけるようなことはなくなった、ってだけ。
「お、おにぎりまるか! あの厄介ものの肥後守にねぇ……さすがだね、何でも屋さん」
くくっと喉の奥で笑って、真久部の伯父さん。
「鬼切丸にしなくてよかったねぇ。もしそんな名前にしたら、本当に鬼を切ろうと今頃頑張ってたかもしれないよ。そんなことしてるうちに、本体の
内心、ひぃっ! と思って店主のほうの真久部さんを見ると、黙って首を振っていた。伯父さんのほうはニヤニヤ笑ってる。担がれたらしい。
「アレはそっち方面の性質じゃなかったですよ、伯父さん。そんな名前をもらっても、せいぜい近くを通った人の手や頬を血が出るか出ないかくらいに薄く切ったりして、反応を喜ぶくらいでしょうよ」
しょせん、悪戯小僧気質です、なんて真久部さんは言うけど、俺は震え上がった。そこまで計算してたかどうか知らないけど、あの日、おにぎり出してくれてありがとう! うっかり濁点を入れて命名してしまった俺、グッジョブ!
そんなこと思いながらも、たぶん顔色が悪くなってる俺に向かって、真久部さんは言う。
「怖がらなくても大丈夫ですよ、何でも屋さん。もし何でも屋さんが“御握丸”ではなく“鬼切丸”と名付けたんなら、その場合は、鞘のところに<鬼>と一文字彫って毎回<鬼>を切るような形にして渡しましたから。名前通りになるので、無害です」
だいたい、人を傷つけるような危ないものを、好んで欲しがったわけでもない人に無理に売りつけたりしないよ、と続ける。──うん、一応ワンコイン五百円で買う形だったんだ。普通だったら五百円どころか五千円、五万円でも買えないんじゃないかな? 恐ろしくて聞いてないけど。
「あ、ははは。ま、まあ、その……お疲れさまです! お茶でも淹れますね!」
俺、今は慈恩堂の店番というか、臨時店員だし。雇い主様とそのお客様にお茶出すくらいするさ! さ、ささどうぞ、お二人とも、帳場の畳エリアに。ホットカーペットのスイッチ、入れましょうか?
「ああ、私はコーヒーがいいな」
首を傾げて、真久部の伯父さん。えーっと、茶櫃の中にコーヒーあったっけ?
「予定外の人の好みはありませんよ。──すみませんね、何でも屋さん。この人にミルクココアをお願いします」
「ん? それでもいいよ。苦いのも甘いのも、私は好きだ」
にったり笑う。ダメだこのヒト。真久部さんも溜息ついてる。俺は普通に煎茶を淹れることにした。
コートを脱いで身軽になった真久部さんが、畳エリアに敷いてある大きめのホットカーペットの真ん中にちゃぶ台を出してくれたから、そこにお茶を出す。伯父さんは先に上がっていて、勝手知ったる様子でカーペットのスイッチを入れていた。
「……ふう、温かい飲み物はホッとするねぇ。なかなかいい茶葉使ってるじゃないか」
「それ、何でも屋さん用ですから」
え? そんなとこまで気を遣ってくれてたの? 真久部さん。伯父さんは、おやっ、という顔をした。
「──まあ、この店の店番は大変だ。出来る人は大切にしないとねぇ」
含み笑いしながら伯父さんは言う。それから、もっとその笑みを怪しくして──。
「ときに、何でも屋さん。今日は変わったお客が来なかったかね?」
「え……? お客さんなら来ましたけど、普通の人でしたよ? そうそう、真久部さん。そこの隅にずっとあった北海道の木彫りの熊、売れましたよ。昔、そこのお家にあったものをここで見つけたらしくて」
「ああ──あの子の番でしたか。それはよかった」
真久部さんがにっこり笑う。今日は笑顔がもっと怪しい人がいるので、真久部さんの笑顔は普通に爽やかに見えた。──折り紙とか、不思議なことは話すのやめとこ。真久部さんはともかく、伯父さんが喜んで色々突っ込んできそう。
「他には?」
伯父さんが俺の顔をのぞき込んでくる。
「他に変わったことは?」
「……」
硝子ドアを叩く音、耳を通らず頭に響いて、いつの間にか心の奥に流れ込んできた声。
「店に……
そう答えた俺の顔を、探るように面白そうに眺める伯父さん。
「何でも屋さんは、仕事上の注意事項を遵守してくれる。だからこんな季節でも安心して店番を任せられるんだよ、伯父さん」
茶碗を置いて、真久部さんが言う。あれはいつ来るかわからないけど、こちらから招き入れないかぎり何の心配もない、と続ける。
「だいたい、さっきから何ですか、怖がらせるような言い方ばかり。僕でさえ遠慮してるのに、たまにしか顔を見ないからって、いじる気満々でしょう」