第87話 お地蔵様もたまには怒る 6

文字数 2,312文字










体調悪いのかなぁ……。

やっとこさ事務所兼住居に戻った俺は、冷えた部屋のぼろソファに尻を沈めて溜息をついていた。オヤジギャグの報いっていうのはセルフ・ジョークにしても、意味も無く背中が重いのは変だ。このところ立て込んで忙しかったのは確かだけど、俺、ちゃんと食べてたし、ちゃんと寝てた、よな?

……
……

うん、寝てた。睡眠時間六時間は死守してた。その分メシは不規則だったかもしれないけど、細切れ睡眠は俺には無理だからしっかり寝てる。布団に潜ったらバタンキューだ。夢も見ない。

引越し手伝いとか、大掃除手伝いとか、特に体力を使う仕事が続いたのがいけなかったんだろうか。大掃除は模様替えも兼ねてたから、さんざん重い家具を動かすことになったし……。一度置いた場所がやっぱり気に入らないからって、何度も置き直しさせられたんだよなぁ。風水に凝るのもいいけど、シミュレーションは頭の中で済ませておいて欲しかったよ、植田さん。

やっと終わったと思ったら、最後に観葉植物買ってきてほしいって頼まれて。近所の商店街の花屋には希望の大きさのものがなかったから、ちょっと離れたホームセンターまで自転車かっ飛ばしたんだよな。次の仕事に間に合わなくなりそうで、すっごく焦った。帰りは荷台に積んだ植木鉢が割れないように気を遣わなきゃならなかったし、昨日のアレは本当にキツかった。

次の仕事っていうのが犬の散歩だったんだよな……。しかも、一番手がゴールデンレトリーバーのゴン君。遊びたい盛り、何にでも興味津々のまだ一歳程度の若犬だから、当然落ち着きがなく、真っ直ぐ歩かせるのに苦労した。懐いてくれて可愛いけど、ゴン君……すくすくと成長した大型犬の君を、抱っこして歩くのは無理だよ……だから飛びつくのはやめて。──飼い主の衣笠さんが抱っこ癖をつけちゃったらしいからなぁ。衣笠さんもたまに潰されそうになってるし。

ゴン君の次はグレートデンの伝さんで、彼はさすが壮年の風格で落ち着いてるけど、超大型犬だから沢山運動させてやらないといけない。だから頑張っていつものコースを歩いたさ。その後、急いで稲峰さんちの壮介君を学習塾まで迎えに行ったら、休み時間にふざけてて足挫いたっていうから負ぶって……。小学三年生男子、教材入り鞄付きは疲れた身体にちょっと重かった。

お蔭で今日の俺は微妙な筋肉痛……。翌日に出るとは、まだ若いと喜ぶべきなのか、それとも、昨日はさすがに限度を越えてしまったと反省するべきなのか。自分の用事もあるしな、食べるものは買えても、掃除洗濯事務仕事は自分でやらなきゃならない。

過労なのかな。こんなに身体が重いのは、「お前ちょっと疲れてるみたいだから、今日は身体休めておけ」って、お地蔵様からのメッセージなんだろうか。夕方の犬の散歩までどうしてかキャンセルになったし──。

ふう。また溜息が出てしまう。

「にゃー」

と、コタツに潜ってたはずの居候の三毛猫が出てきて、俺の顔を見て鳴いた。

「何だ? 腹が減ったのか?」

部屋の隅の猫皿を見たら、カリカリ餌は朝出掛ける前に入れてやったまんまだ。メシも食わずにずっと寝てたのか、そりゃ腹減るわ。

まあ水だけ取り替えてやるかと立ち上がろうとするのに、三毛猫はやたら機嫌良さそうにごろごろ言いながら、俺の膝に乗ってくる。珍しい。

「ん? 鰹節が欲しいのか?」

 ごろごろごろ。
 ごろごろごろ。

「ちょ、おい……俺は山じゃないんだから登るなって、こら」

膝から腹へと登攀を始めた三毛猫は、すぐに肩まで踏破して頭を征服する勢いだ。

「み、耳元でごろごろいわれるとくすぐっ……って、おい」

ぴょーんと伸びたヒゲとか眉毛がさわさわちくちく。おいこらよせって、首にすりすりするな耳はダメ耳はダメだってやめてこしょばいってば、この──、三毛猫!

やっとこさ引き剥がしたけど、懲りない三毛猫は次はぼろソファの背もたれに乗ってごろごろごろごろ。どうしたんだ、おい。いつもしらーっとしてるくせに、こいつがこんなふうになるのって見たことない。俺、どっかでマタタビの匂いでも付けてきたのかなぁ?

首を傾げた時、また鈴の音が聞こえた。

 シャン
  シャラン

ポケットの中のキーホルダーの鈴? でも俺、じっとしてるのに何で鳴るんだろう?

ぼーっとしてると、カーテンを開けたままの窓の向こうに円い月が浮かんでいる。あれ? いつの間にそんな時間。でもそういえば今夜は満月だったっけ……。

 シャン
  シャララン

きれいな音だなぁ……。

月の光によく似合う。そんなことを思っていたら、ふと手妻地蔵様のことを思い出した。慈恩堂の真久部さんに頼まれたお遣いの途中、<悪いモノ>に絡め取られそうになっていた俺を、その鮮やかなイリュージョンの手腕でもって助けてくれたお地蔵様。

本体の俺を、<悪いモノ>に気づかれないよう金縛りに動けなくしておいて、囮の幻を投影し、見事に<悪いモノ>を撃退してくれたんだよな。あの<悪いモノ>の気配は今思い出しても身震いするほど恐ろしかったけど、手妻地蔵様が俺の幻に躍らせたどじょうすくい、見事だった。

そうやって助けられた人は、昔はお礼に踊りを奉納したものだと真久部さんに聞いたから、あの後、感謝の心をこめて手妻地蔵様を清掃するあいだ、義弟の智晴から借りたタブレットで色んなダンスを見てもらったけど、愉しんでもらえたかな……。

そんなこと思ってたせいだろうか。

あれ、目の前で俺がタップダンス踊ってる……? なんで……?

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