第185話 寄木細工のオルゴール 23

文字数 1,964文字

「……性質悪いですね」

俺の感想はそれだった。

「子供を使うなんて……」

本当にね、と真久部さんもうなずく。

「清美さんの妹と弟にも同じように聞いてみると、妹は何かテレビアニメのキャラクターもののグッズ、弟は外国製の珍しい玩具と……、中に小さい妖精さんが入ってるから助けてあげてほしい、妖精さんは何か小さいものに姿を変えているはずだけど、それを内緒で自分のところに持ってきてくれたら、元の姿に戻して妖精さんを見せてあげる、そう言われて箱を触ったのだとか」

「……」

妖精さんは夢があるけど……アニメキャラのグッズも子供ならそんなもんかと思うけど……。

「男は椋西家に来るときは毎回デパートで買ったような土産を携えていて、先代以外の家族には評判が良かったようですよ。礼儀正しい学者の卵として、奥様や大奥様からも気に入られていたし、遊んでくれるので、子供たちにも懐かれていたとか……だから普通の道具類は自分のいないときでも見せてやってもいい、ということにしていたそうです。本当は家にも上げたくなかったそうですが、恩人が男の論文の完成を楽しみにしていると聞いて、そういうわけにもいかず……」

当時は仕事が忙しく、休みの日でもそうそう相手をしている暇もなかったので、仕方がなかったということです、と真久部さんは言う。

「顔を見れば、あのオルゴールを譲ってくれと言われる、それも鬱陶しかったといいます。男は奥様方にも口添えを頼もうとしたようですが、そこはさすが旧家の女性たち。それは主人に、息子に聞いてくださいな、本人の趣味のものだから勝手に触ると叱られますし、難しいことはわかりませんのよ、とさらりといなしていたそうで」

女性の賢い断り方だよな。実際はそうでないにしても、「主人がどう言いますかしら……」と言われると、引かざるを得ないって、デパートの外商やってた人に聞いたことある。買うか買わないか、決断できないわけはないのに、そこにはいない配偶者にその決定権がある、とすることで、ことを曖昧にしてしまう。

「それでも、根気良く男は椋西家に通ってきたそうです。先代のコレクションは趣味が良く、豊富で、骨董好きなら見るだけで心の踊るものでしたから……」

僕もお宅に伺ったときには見せていただいたものです、と懐かしそうに語る。

「それは先代も自負するところで、オルゴールのことは別にしても、好事家、趣味人、研究者ならば何時間でも見ていて飽きないだろう、見るだけでなく、研究するのならば、いくらでも時間が必要だろう、そう思って気持ちを抑えていたそうです。ですが、奥様方に断られたからといって、まさか子供に目を付けるとは考えもしなかったと、当時を思い出して憤慨してらっしゃいましたよ」

目的のためには手段を選ばないにしても、ほどがあると、僕も思います、と嫌そうに言う。

「でも、そんなに簡単に持ち出せるところに置いてあったんですか?」

触る程度、転がす程度ならどうということはないというけど、うっかりどこかの仕掛けを動かそうものなら、それが正しいものならいいけど、少しでも間違えたら怖い夢が待ってるんだから……。

「もちろん、家族の誰かが触っても危ないので、普段から書斎の机の抽斗に入れて鍵を掛けていたんだそうですよ」

「やっぱり、そこは厳重にしてたんですね」

真久部さんはうなずく。

「それまでは、勝手に書斎に入る者もいなかったので、特に心配していなかったそうなんですが……ほら、子供って小さな内緒ごとって好きでしょ?」

「ああ……そういうの、ありますね。ひみつ基地みたいなの」

「それを小さな好奇心で煽って、泥棒紛いをさせたんです……。合鍵を渡していたんだそうですよ」

「合鍵?」

「ええ。いつの間に型を取ったのか、それとも鍵の型番でも盗み見したのかわかりませんが、とにかく抽斗の小さな鍵を、それぞれ子供たちに渡していたのだと聞きました」

「それは何とも……」

用意周到というか、なんというか──。やっぱり性質が悪いとしか言えない。

「下の二人は遊び半分、好奇心半分で、あまり意味がわかっていなかったと思います。親には内緒というそこが一番楽しかったんじゃないかな……完全に意味がわかっていたのは、たぶん長女の清美さんだけだったでしょう。それが泥棒と言われる行為だと、わかっていて手を出したのは」

……十二歳なら、もうもののわかる年だもんな。

「ターゲットを子供たちに変えたのは、開かない箱なら、持ち出すよりも壊すことを期待してのことじゃないかと、先代はおっしゃってましたっけ」

「うわあ……」

目的のために手段選ばなさすぎじゃないか? そう思って真久部さんを見ると。

「でも、**の育っている道具に、その考えは甘かったようですよ」

そんな答とともに胡散臭いにっこり笑顔が返ってきて、俺はなんだかホッとした。
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