第100話 お地蔵様もたまには怒る 19

文字数 2,410文字

「えっ? そ、それはどういう……?」

お地蔵様ってやさしい人、じゃなくて仏様じゃないの? 人を地獄送りなんて……。

「閻魔様と同一人物という説もありますよ? お地蔵様の足元には、餓鬼界への入り口が開いてるともいうし」

「そ、そうなんですか?」

餓鬼界って、地獄の一部っていうか、一歩手前だっけ? 怖っ……。穏やかな顔のお地蔵様と、真っ赤な顔でいつも怒ってる顔の閻魔大王。同一の存在だなんて、とても信じられない。

「どうでしょう──? 君はどう思う?」

自分で振ったくせに、訊ねられても。

「分かるわけないですよ……」

「まあまあ、そんな困った顔しないで。そういう説があるというだけだから。ただ、地蔵菩薩は地獄から極楽まで自由に行き来できるただ一人の仏様だというし、その気になったら、悪人ひとり地獄に連れて行くくらい、どうということもないんじゃないかなぁ」

手順は必要らしいけど、と気になることを言う。

「お地蔵様にはそれぞれ得意分野があるんだよ。例えば有名な巣鴨のとげぬき地蔵様は傷病平癒だし、縁結びや、交通安全、一願成就、子授けや、イボ取り、ただ愚痴を聞いてくれるとか、何か災いがある時教えてくれるとか、ものの吉凶を教えてくれるとか、本当にいろいろ、性格もそれぞれ。防御に特化したお地蔵様もあれば、攻撃を得意とするお地蔵様もいる」

それ全て地蔵菩薩、元は同じ。真久部さんが言う。──うーん、バラエティに富みすぎてうっかりするけど、そうだよな、お地蔵様はお地蔵様だよなぁ。

「地蔵菩薩は六道全てに現れ、様々な姿で衆生をお助けになるといいます。その様々な姿のそれぞれが、それぞれの地で人の願いを受け、何々地蔵と呼ばれるようになったんだろうね」

ある意味、意識を共有した端末のようなものかもしれないと、伯父は言っていましたが、と首を傾げる。

んー、それって……。

「インターネット、みたいなもの? ですか?」

「そうだね──、そんなふうにも伯父は譬えてたました。それぞれの器はデバイスで、中に入ってるソフトウェアが違うだけ、とも。お地蔵様に個性があるのはそのせいらしいです、それぞれに向き不向き、得意不得意があるのはね。でも、あるお地蔵様が出来ないことを、別のお地蔵様が代わりに行うこともある。そのための裏技もあるんだそうで……」

裏技? Ctrlキーを押しながらFキーを押すと検索画面が現れる、みたいな?

「中身だけ、入れ替わるんですよ」

「ど、どうやって? ──お地蔵様どうしをコッツンコさせるとか……?」

「まさか。そんなに簡単にはいきませんよ。手妻地蔵様だって本体は元の場所にあるんだし。今回、ご本人がそこから離れて宝具にくっついて来れたのは、あの石の茶碗が手妻地蔵様と既に同質のものになっているせいでしょう。いつ、誰が作ってそこに置いたのかは分からないけど、ずっと昔から一緒にあるようだから」

真久部さんは苦笑する。

「かと言って、中で同居(・・)も出来ないしね。抜け殻の器に入るのは問題ないらしいけど……。元々そこにいてそこで形成されたものが器から出るのは、とても難しいことなんだそうです。お坊さんに頼んで正式な御魂抜きをしてもらうなら別ですが、そんなことも出来ない緊急の場合には、裏技を使うらしい──人の背中に負ぶさるんだよ」

俺は背筋がぞくっとした。

「お地蔵様を引き受けると、生身の身体にはものすごい負担がかかります。場合によっては三日以上目覚めないことだってある。最悪、命を失うことも……。お地蔵様に悪気があるわけじゃありません。ただ、人の身にお地蔵様の気は大きすぎて耐え切れないというだけのこと。それに、お地蔵様のほうにもリスクはある。下手をすると元に戻れなくなり、器が壊れてしまいます。だから、これは裏技というより、禁忌の技で──」

言葉を途切れさせ、真久部さんは真っ直ぐに俺を見た。

「伯父が何でも屋さんにした悪いことというのは、それです」

「……」

「器を手妻地蔵様に貸した方のお地蔵様を、何でも屋さんに引き受けさせた……。一時的なことだけど、ある意味、生贄のようなものだ……本当に、伯父は何てことをしたのか……謝っても謝りきれません」

申しわけありません、と深く頭を下げる。

「本当に、身体はどこも何とも無いですか? いつもと違うところはありませんか? 重かったり怠かったり、頭が痛いということは? どこか痺れたり、熱っぽかったり……味覚を失った、ということはなさそうですが……」

「……」

俺は黙ってきゅうりのサンドイッチを口に入れた。うん、美味い。もぐもぐしながら、さっき食べたスコーンも美味しかったし、まだ食べてないけど苺のショートケーキもチーズケーキも美味しいだろうな、と思う。

「……一応、聞いておきたいんですけど」

温くなったお茶を飲み干してから、口を開く。

「昨日、伯父さんと俺が駅前で会ったのは偶然だと思うんです。もし俺と会わなかったら、伯父さんはどうするつもりだったんでしょう?」

地蔵泥棒を阻止し、懲らしめるために伯父さんはこの街に来たって言ってた。

「伯父が背負うつもりだったと思います、お地蔵様を」

真久部さんは言った。

「ほとんどのものから影響を受けない人だけど、さすがにお地蔵様を背負えば、伯父だって数日は動けなくなったはずです。代わりに器に入った手妻地蔵様が力を揮っている間は、何とか持ち堪えるでしょうが──」

全てが終わったあとは、うちの店まで来るのがやっとの状態になったでしょう、とつけ加える。

「伯父の飼ってる例のアレは、伯父が許しさえすれば嬉々として地蔵泥棒の魂を喰らってしまっていたでしょうから、逃す心配だけは無かったと思いますが、でも、」

「ねえ、真久部さん──」
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