第54話 仏像の夏 5

文字数 3,112文字

「ええ、自業自得です。それでも、それがどんなに恐ろしいことか我々は知っているので、その同業者も男に訊ねたんだそうです、どうして、こんな処に何しに来たんだと。そこもうちと同じようなただの骨董屋で、入り口は地味な上に貧乏くさいですし、分かりやすくお金になりそうなものは置いてないのに、そんな店を選んでわざわざ強盗に入るなんて考えにくいし。ならば、何らかの目的があるだろう、と思ったんですね。それに、その時は男があの一山いくらに混ざっていた仏像を探してるなんて、知らなかったですから」

いきなり飛び込んできた男が、ごちゃごちゃ置いてある商品の、どれを狙ってるかなんて分かるわけもない、と店主は言う。その言葉に俺は素直に頷いた。この慈恩堂店内だってごちゃごちゃと……うん。

「そしたら、変な日本語でその男は言ったんだそうです。あの仏像がここに来いと言った、夢に現れてそう言った、だから早くそれを渡せ、と。男が指をさす先を見たその同業者は驚いたそうです。なぜなら、さっきまで確かにそこにあったはずの、来歴不明のあの仏像が消えて無くなっていたから」

あなたが今日体験したみたいに、と店主は付け加えた。

「同時に男も無くなっていることに気づいて、気が狂ったみたいに喚いたんだそうです。さらにその辺にあったものを蹴飛ばして……また、その時破損したものは、ことごとく難しい(・・・)品だったといいます」

「うわあ……」

「警察に電話している間に、男は立ち去ったそうですが……それきり杳として行方は知れず。現れた時と同じように、唐突に消えてしまったそうです。同業の間でもあちこちで似たような話があるので、被害に遭った者同士で一度情報を突合わせてみたんだそうです。すると、皆似た状況で不思議な仏像を手にし、特徴の一致する男に襲撃され、それぞれが気難しすぎて(・・・・・・)持て余していた品を壊されたということが分かりました」

もちろん、その仏像がいつの間にか消えて、男が喚くところまで一緒です、と店主は言う。

「金銭的にはともかく、持っていてもどうにもしようが無かった品物の、怒りと恨みの負の念を持って行ってくれたのは、有難いといえば正直有難い。だけど、あまりにもピンポイントすぎて怖い。皆そう思ったそうです。そして出た結論は、わざとなんじゃないか、というものでした。つまり──」

その仏像は、扱いの難しい訳有りのものをわざと壊させ、その負のエネルギーが全て壊した本人である男に向かうように、巧妙に誘導してるんじゃないか、と皆は結論したのだと店主は説明した。

「……その男は、そんなに悪いことをしたんでしょうか」

別に弁護したいわけじゃないけど、それが全てあの仏像の意図するところだというなら、あまりにも恐ろしいと思った。

「したんでしょうね。その仏像を盗む前にも、色んなものを盗んでいると思われます。それもただ盗むだけじゃなくて、神域を穢したり、御神木を傷つけたり……。窃盗の現場を人に見られずに済んだなら、そのまま逃げてしまえばいいのに、どうしてかそういう余計なことをしてるフシがあるんです」

清浄な場所に入ると、自分の穢れが目立って気になって、責められたような気になるのかな、と店主はその心情を想像してみせた。

「普通はそこで畏れを感じて逃げ帰るか、もしくは心を改めて身を清めようかとなるものなんでしょうけどね、日本人ならば。だけど、穢れがその本質だというなら、清浄さが自分に攻撃を仕掛けてくるような錯覚に陥るのかもしれません。それなら清浄な場に近寄らなければいいのに、と思うのですが……しつこく寄ってくるのは、全て穢して自分と同質のものにしたい欲望があるのかも……」

「気持ち悪っ!」

うん。本当に気持ち悪い。

「まあ、憶測ですけどね。でも、当たらずとも遠からじ、ってとこだと思いますよ」

店主も自分で言っていて気持ちが悪そうだ。珍しく額に皺を寄せている。

「まあ、そんなわけで、《盗んだ仏像の怒りを買い、地獄に通ずる道を連れ回されている男》として、我々のような仕事をしている者の間では有名なんです。その男は色んな場所に現れるようですよ。聞くところによれば、どこかの普通の家庭に忍び込んで、わざわざ子供のおもちゃを選んで壊したとか」

「子供のおもちゃ?」

今までの話とはかけ離れた言葉を聞いて、思わず問い返すと、店主は「何の変哲もない、ただの黄色いあひるだったそうです」と付け加える。

「どうやら、そこの奥さんに悪意を持つ人からの贈り物だったそうなんですが。壊れて首の取れたあひるの内側に、何やら妙な札が入れてあったんだそうです」

怖っ! 壊した男もアレだけど、そんなもん作って人んちの子供に贈ったっていう人間も、怖っ!

「その人はある意味幸運でしたよ。普通なら返しが行くはずだったのに、それを男が引き取ってくれたんですから」

「返しって、呪い返し……」

思わず口にすると、店主はそれに頷いてみせた。

「そんなようなことを、行く先々であの男はやってるんですよ。何度も、何度も。何体も、幾つも。折って破って壊して汚して、一体どれだけのモノの恨みを買っているやら」

背中、寒っ! 想像するのも恐ろしい。
ん? だけど。

「何でその男、というか仏像は、俺の前に現れたんでしょう? 人気(ひとけ)のない道だったし、周囲に壊したり、傷つけたりするような物は無かったですよ」

あの仏像が転がってた木を、傷つけたりってことはなかったと思う。ただ地べたに這い蹲って消えた仏像を探してただけだ。俺も伝さんのお陰で襲撃に気づいて無事だったし。もちろん伝さんだって怪我ひとつ無いし。

「ああ、それはね、多分」

店主はにこっと笑った。──わざとらしい笑みだ。

「あなた、うちの店の骨董や古道具に気に入られてますからねぇ。実は、うちにもその手の気難しい性質(たち)の品物があるんですよ。でも、そういうのが特にあなたを好いているようですから」

え? どういうこと? 意味が分からない。

「あなたを傷つけようとすると、彼らが怒ります」

ぱかっ、と口を開けた俺をちょっと面白そうに見て、店主は続ける。

「特殊警棒でしたっけ? 完全にやる気ですよね。殺すの方のヤる気です。仏像を追いかけるのに、どうしてそんな得物を選んだのか分かりませんけど、そんな危険なものをあなたに向けたら? しかも、明確な害意を持って。──彼ら、怒り狂ったはずですよ」

何それ! 俺、知らない間に何かに取り憑かれてたの?

「ま、またぁ。俺を怖がらせようったって、そう何度も引っ掛かりませんよ? あはは……」

引き攣った笑みを浮かべてみるも、店主は心外そうだ。

「ここに入ってきた時、気づかなかったんですか? いつにも増してすごい歓迎ぶりだと思っていたら、あなたが暴漢に襲われるも、無事だったと聞いて納得してたんですが……」

青くなっているであろう俺の顔を見て、店主は溜息をついた。

「──気づくわけなかったですね。あなたのことですものねぇ」

俺はそろっと振り返って、慈恩堂店内を見やった。いつもそこにある船箪笥や、入れ替わりはあっても俺が知るかぎり売れたことのない懐中時計、中世ヨーロッパの修道士が身に着けてそうな古ぼけたブロンズの十字架……他にもいっぱい把握出来ないほど品物が置いてあるけど、なんか、歓迎してくれてたのか……?

「……」

どれだけ見てみても、それらは温和しくそこに静まり返っている。
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