第182話 寄木細工のオルゴール 20

文字数 2,142文字

「それにまあ、そのときは礼儀正しい好青年に見えたそうです。だから後日家に招いてやって、若いときから集めていた骨董古道具を見せてやったんだとか。男は研究者らしく、長年蒐集を続けている先代より知識が上回ることもあって、なかなか興味深い話も聞けたそうですが……その頃先代が凝っていた組木細工のことになると、雲行きが怪しくなってきたというんです──」

もっと珍しいものがあるんじゃありませんか、と聞いてきたんだそうだ。

「ここにあるものももちろん素晴らしいが、こちらにはもっと風変わりな細工物があると聞いたことがある。それを是非見せていただけないでしょうか、と暗にオルゴールのことを示唆されて、先代は困惑したそうです。当時、恩人にも……蒐集家仲間にもこの寄木細工のオルゴールを手に入れたことはあまり教えていなかったそうなので」

「……愛好家同士なら、お互いコレクションを見せ合いっこしてるイメージあるんですけど、意外にそうでもないんですか?」

書画骨董の入った箱を積み上げた部屋で、和服を着たご隠居ふうの老人と、それよりちょっと若いくらいの壮年男性が、「これが利休好みの○○焼きの茶碗です」「ほお、これが!」とかやってる感じ。ドラマなんかで見たことあるだけだけど。

「ものがものですからねぇ」

真久部さんは苦笑する。

「見せるのは構わないでしょうが、好奇心を刺激して、開けてみたい、開けさせてくれ、と言われたらどうします? たいていは説明をすれば聞き分けてくれるでしょうが、そうでなかったら? 断るのが面倒でしょう。下手に任せて相手を不幸にするのも夢見が悪いですし」

「そ、そうかも……」

そこまで考えてなかった、と言うと、好奇心は猫をも殺すっていう諺がありますしね、と答える。

「そういう気持ちはいろんな物事の原動力となるけれど、自制できないと身を滅ぼすことになりますから……何でも屋さんはそれをよく分かっているようだから、僕も安心ですよ」

怪しく微笑まれてしまった。

「あ、はは~」

俺もなんとなく笑っておく。慈恩堂店番時の俺的心得『見ない見えない聞こえない。全ては気のせい気の迷い』って、たしかに好奇心は封印しろ、と言ってるも同じだもんな。だけど、そうでもしなければ慈恩堂の仕事をこなすのは、とても大変なんだよ……。俺の原動力は、娘のののかだ! 好奇心なんて必要無し無し。

「そう。それで、先代は男に見せたんですか、これを」

俺は真久部さんの手元のオルゴールを見た。螺子が全て巻き戻ったのか、曲も鳴り止み、今は静かだ。

「ええ。どこでそんな話を聞いたのかと、それが気にはなったそうですが──男に聞いても答えなかったそうですし。でも、これは確かにちょっと他にはないような造りですからね。古い工芸品の研究をしてるというなら、珍しいものがあると聞けば見てみたいものだろうと、気を取り直してそう考え、わざわざ出してきて見せてやったそうです。その途端、男の目の色が変わったのが、何やら不穏に感じたと……ええ、そのように先代はおっしゃってましたね」

この男は、この道具のことを知っている(・・・・・)、そう直感したというんです、と言う。

「知ってここに来たのだと──そのために恩人に繋ぎを取り、自分を紹介させたのだと」

「……」

「だから何やら怪しく思い、予防線を張ったそうです。これはオルゴールであり、秘密箱でもあるが、箱を開けることはできない、と。その上で、音を聞かせてやったのだとか。先代がこれを手に持って転がす様子を、男は食い入るように見ていたといいますが……やはりというか、秘密箱のほうは開けたことがないって本当ですか、とそちらのほうが気になっていたようで、演奏はどうでも良さそうだったというんです。こんなに綺麗な音なのに……」

どちらかといえば、これはオルゴールの絡繰りのほうが珍しくて、素晴らしい道具だと思うんですけどね、と真久部さんは軽く息を吐く。

「秘密箱だけなら、ある意味普通です。今でもとんでもなく複雑なものを作る職人さんはいますし。でも、同じ箱にここまでの絡繰りを仕込んだ品は無い。だというのに、男はこの道具の価値をそこに求めるのではなく、さりとて寄木の細工、造りの緻密さ複雑さに驚くでもなく、中身(・・)にこそその興味を向けているのだと、先代が確信するまでに大した時間はかからなかったといいます」

目に浮かんだ光がいかにも熱っぽくて、それまでとは明らかに様子が違っていたそうですよ、と続ける。

「手に入れて今まで、本当に開けようとしなかったんですか、普通は箱があったら開けませんか、と聞かれて、これは前の持ち主から、決して開けようとはしないという約束で譲ってもらったものだから、自分は開けようとは思わない。風変わりで面白い仕掛けのオルゴールとして扱っているし、音も綺麗で気に入っている、と答えたそうですがね……」

それなら是非自分に開けさせてもらえないか、と頼まれたけれど、当然断ったそうですよ、と真久部さんが言うのに、なんかそれって『猛犬注意』みたい、と呟いたら、箱の呪いが猛犬ですかと笑われた。

「まあ、噛むことがわかっている飼い犬を触ろうとする人がいたら、止めるのが普通の飼い主ですよね」

何でも屋さんらしい喩えですね、とからかうように言う。
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