第167話 寄木細工のオルゴール 5

文字数 2,145文字



 チッチッチ……チッ……チッ……
 ティックタック……ティックタック……
 カッチ……ッチカ……ッチカ……チカッチ……


会話の無くなった静かな店内に、古時計たちの時を刻む音が、いつもより静かに響いている。

「……わかりました。ええ、そうですね……、何でも屋さんには何も非はありません」

長い沈黙のあと、真久部さんはようやくそう言った。

「でも、開けてはいなくても、閉めたということは話してもらいたかったなぁ……」

「……」

そんな傷ついたような表情で儚く微笑まれると、俺、何も悪いことしてないのに、罪悪感が……。

「うっかり言いそびれただけなんですって……」

でも、言ったら怒られるかも、と心のどこかで思っていたのは事実……。閉めるなとは言われなかったから、なんて屁理屈だよな。でも、それで怖いのを誤魔化してたっていうのもあるんだよ……。

「──すみません。言いそびれてたのは、たぶん心配かけたくなくて……」

強いて言えば、そういうことだったんだと思う。──だってさ、何もなかったし、そんなに大事だとは思わなかったんだ。

「わかってますよ」

真久部さんは静かにうなずいた。

「何でも屋さんは真面目に店の仕事してただけですものね。悪いのは、買いもしない店の品物を弄ったり、放り出したりした客だよ。──そんなのが来なければ、何でも屋さんは、」

コレに手も触れることもしなかったでしょう。そう続けるので、俺はぶんぶんと首を縦に振っておいた。そうだよ、あんなふうにほっぽり出していかなけりゃ、拾うこともなかったんだよ。買わなくてもいいけど、せめて元の場所にきちんと戻しておけよ、マナーの悪い客め!

内心で八つ当たり気味に憤っていると、真久部さんがちらりとこちらに目をくれる。

「それにしても。ただ拾って、ここに置いた──。たったそれだけで影響(・・)があったわけではないということがわかって、よかったですよ」

わざとらしく溜息を吐かれた。

「……俺、そんなに変でしたか?」

自覚なかったけど、あんなに心配されるほど、俺、おかしかったんだろうか。そうたずねると、真久部さんはツンと顎をそらせて答えてくれた。

「そりゃあね。声を掛けても、何を言っても聞こえてないみたいだし、肩に触れても反応ないし、これはついに魂でも取られたのかと」

「……っ!」

怖いこと言われてしまった……。

「ですが、開けたのがきみではないから、閉めてもちょっとぼんやりするくらいで済んだんでしょう。開いてないのを触るくらいでは、何も起こらないはずだ。──さすがにそんな一触即発なものを、店に出したりはしないよ」

危険ですからね、そう言うけども、充分危険だと思うよ、真久部さん……。

「それにしても……、あの客は何をそんなに驚いたんでしょうね? いきなり『違う』とか『嘘だ』とか言って、逃げるように出て行ったんですけど」

正しい手順で開くと音が鳴るオルゴールであるとは聞いてたけど、間違ったやり方で開けた場合のことは──。

「……知りたいですか?」

にっこり笑って真久部さん。

「え、いや、その……」

やっぱり聞かないほうが、いい、かな……。そう思ったのに。

「今日は心配させてくれたお礼に、じっくり教えてあげましょうか」

遠慮しないで聞いてくださいね? と、有無を言わさぬ笑顔で、断りの言葉を縫い止められてしまった。

「間違った手順でも、開くことはあると前にいいましたね?」

「は、はい」

「その時聞こえる音は、オルゴールではない、とも」

「ええ。でも、その先はもう……」

教えてくれなくていいって言いたい。でも、今の真久部さんの迫力のある笑みが、それを許してくれない、よ……。

「声が聞こえるらしいですよ」

「声?」

「男か女か、子供か老人かもわからない声だそうです」

「……」

こういう話の定番ですね、なんてこと言われても、俺にどう答えろと……。

「その声がね、語るのだそうです、その者の運命を……その末路を……」

それは決まって必ず悲惨な運命なのだと、思い入れたっぷりに語ってくれる。怖いよ……。

「運命なんてものが本当にあるのかどうか、それはわかりません。ただ、正しくない手順でこのオルゴールを開けた者の運命は、その時点で確定してしまう、そう言われています……」

不運で不幸(ハードラック)な運命に。──そう言った真久部さんの瞳が怪しく輝いた。

「……」

「その上、何時、何処で、どんなふうに死ぬかまで、教えてくれるのだそうですよ。聞くだけでも恐ろしい、悲惨で陰惨で陰鬱な末路を……」

今日の客がそれを聞いたというなら、嘘だとも違うとも、否定の言葉を上げたくなるのも当然でしょうね。そう言って、猫のように笑う。

「で、でも、俺には何も聞こえませんでしたよ?」

あの客の声以外。

「それも当然のことですよ。本人以外には聞こえないんですから」

「……」

「だから、開け方を知らない者は開けようとしてはいけないんです。──触るくらい、本当はどうってことありません。ただ、開けようとするのはいけない」

「……」

そんなアブナイものを何故! 売り物として店に並べているのかと小一時間問い詰めたい──なんて言わないよ! もっと怖い話聞かされそうだもの……。そりゃ心配かけた俺が悪いんだけど、真久部さん……心配の裏返し、キツイです。ほんと、すみませでした。ごめんなさい……。
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