第240話 存在感は、“力”に比例

文字数 1,291文字

「……」

夏に見ると、涼しげな光景だろうなぁ、と想像してみる。実体のない金魚には、水の有る無しは関係ないんだろうけど、でも。

「金魚って、自分だけ、っていうのも変ですけど、単体では出て来れなかったんでしょうか」

ふと、そんなことが気になった。

「金魚のいるときはいつも叔父さんも近くにいたみたいだし、そこらへん、どうだったんでしょう?」

「いいところに気がついたね」

にっこりと目を細めて、真久部さん。

「金魚の存在感は、“力”に比例するんだと思うよ、たぶん」

“力”って。

「視える力、ってことですか?」

「そう。あれは水無瀬家の家宝で、ずっと水無瀬家の人々を守ってきた。だけど、あの家に生まれても、“力”が無いと視えない。そして、視えないと金魚の影響が及びにくい。ほら、僕はいつも言ってるでしょう、もし何か悪いモノ(・・・・)に気づいても、気づいてない、知らないふりをしろと。それと同じことでねぇ」

まあ、何でも屋さんは元からそれが上手だから、改めて言うほどのことじゃないかもしれないけど、念のために一応ね? と胡散臭い笑みで唇の端を上げてみせる。

「御父君には確実に視えていなかったでしょう。お祖父様は──たぶん感じる程度だったかと。叔父さんと水瀬さんだけは、はっきりと視えていたようですね」

「“力”が強かったから……?」

「そう。そういう“力”の強い人は、身体が弱いことが多いんだよ、視えるぶん、あちらの世界(・・・・・・)の影響を受けやすいのでね。そしてこれはまた、アリス症候群とは似て非なるもの……というか、そういう“力”のある子供は、単なる<認識の調整>と、<怪しいものからの接触>の区別がつかないんだ」

幼子を取り巻く世界が、こちらの世界とあちらの世界の二重写しに見えるとするなら、“力”を持つ子の認識する世界は、三重写しにも四重写しにもなっているはずだ、と真久部さんは言う。

「それはつまり、何が危険なのか区別できないということ──。産まれてきたこの世界に適応するために、周波数を合わせる行為、それ自体は必要なことだし、危なっかしいけれど、故意に引っ張ろうとする悪意が存在しないので、よほどでなければそのうち安定して不思議な世界も遠ざかります。でも、“力”を持つ子供はそれだけでは済まない」

「……」

悪いモノが普通に視えてしまって、視えてしまったことを相手に気づかれてしまう、ってことかな。良い悪いが区別できないっていうのは、それだけで危険なことなんだな……。

「ほら、ニーチェの言葉にあるでしょ、『深淵をのぞくとき、深淵もまたおまえを見つめてる』っていうのが。深いところを見るつもりもないのに、視えてしまう。気づいてしまう。まあ、何というか──」

見~た~な~!

声を作っていきなりそんなこと言うから、俺はつい、「ひっ!」と驚いてしまった。

「すみません」

そんなにびっくりするとは思いませんでした、なんて詫びてくるけど、顔が笑ってるよ、真久部さん。

「もう、やめてくださいよ……! 人が真面目に聞いているのに」

「まあまあ。でも本当に、あちら(・・・)にしてみたら、そういうことなんですよ。見たな? こっちを見たからには、容赦はしないぞ、とね」
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