第115話 鳴神月の呪物 6
文字数 1,982文字
何でも屋さんのそんな様子に目を細めつつ、真久部は続ける。
「万物の真理を知りたい、そういう気持ちが嵩じて捩れて歪んだ欲望となり、己の力を試するために真理に干渉することを望むようになるのは、間違った道に踏み出した陰陽師崩れも、禁じられた領域に至った錬金術師も同じです。ただ、あちらの最終目的はいわゆる“賢者の石”であり、実質を求めるという意味で、とにもかくにも物理的ですが、陰陽師の場合は現象を操って現象を起こすという性質が強いので、なんというか──、そう、ある意味バラエティに富んでいるんだね。“賢者の石”のような特定の物質でなくても、現象を起こせさえすれば何でもいいわけですから、つまりは節操が無い」
「せっ……」
節操の無いマッド・サイエンティストって、と彼は慄いているようだ。気持ちは分かるけれど、と真久部は思う。節操があれば、頭にマッドを冠されることなど無いはずである。
「もちろん、全部が全部そういうわけではないですよ?」
そこは一応否定しておく。いつだって、大半はまともなのだ。
「真っ当な陰陽師は、外道や邪法を知識として知ってはいても、行使はしません。だからこの話の老人は陰陽師崩れと言われるし、実際そうだったんじゃないかと僕も思っています……。在野の拝み屋や呪い師の可能性もあるけど、それだとまずここまでのことは出来ないと思うんだ。星を読み、地脈を読み、場を整え、人を操り動かして──元は陰陽道の俊英だったんだろうねぇ。気違いに刃物というか、刃物を持ったからおかしくなったというか」
「はもの……?」
いきなり出て来た言葉に彼が首を傾げているので、真久部は補足をした。
「陰陽師の知識というのは、まあ、刃物というか、武器と同等なんですよ。誰かを呪い殺したり、病気にさせたり、子孫を絶やしたり、家を没落させたり──。そういう事態に至らしめるための、攻撃手段になり得るという意味で」
「……怖いことばかりじゃないですか」
彼がとても嫌そうな顔をする。だからつい、真久部はもっと直接的なたとえをしてしまう。
「手にした力に魅せられたのかもね? ほら、よく言うでしょう? 刀を持つと人を斬ってみたくなるって」
にっこり笑ってみせると、予想どおり彼はもっと嫌そうに口をへの字に曲げて押し黙った。
「……」
「新しい銃を手に入れると、試し撃ちしたくなるとも言いますよね?」
「そういうマッドな人間は、目的と手段が逆転してるんじゃないですか?」
ぽん、と跳ね返ってきた言葉に、真久部は軽く目を瞠った。
「大切な人を守るためならともかく──。面白半分で誰かを傷つけるだけの力なんて、必要ありませんよ」
人として、間違ってます。
そう力説する彼に、真久部はふわりと微笑んでいた。この人の精神は本当に健全だと思う。
「ええ、本当にね、その通りですよ、何でも屋さん」
「……!」
素直な気持ちで同意したのに、その意外そうな顔はどういうことだろう、と不思議に思いながら真久部はつづける。
「知的な狂人というのは、本当にどうしようもない存在で、好奇心を抑えられないし、当人も抑えるつもりはない。だから、この老人は己の興味の赴くままに呪物を作った。──でもね、作ってどうするつもりだったかは伝わってないんだよ」
「……」
「作りたいから作った。──もし本人に聞くことが出来るなら、そのひと言で終わりだろうね」
「頭おかしい……」
ぽつり、と呟いた彼は、しばらく無言で落ち着かなげにしていたが、何かを決意したように大きく息を吐くと、真久部の顔を真っ直ぐ見てきた。
「ねえ、真久部さん。俺が探すように頼まれてる刀剣が、その老人の作った呪物だっていうんですか? さっきからの話からすると……」
語尾がかすかに震えている。
彼のそんな真剣な眼を見つめながら、真久部も真面目に答えた。
「分かりません」
彼はかっくんと首を折った。
「もう……!」
だったらもう怖い話はやめましょうよ、と項垂れる彼に、真久部は言葉を続けた。
「ただ、何というか……」
何というか、このことを考えるとドロドロとしたアメーバのようなものが脳裏に浮かぶのだ。脈動するように伸び縮みし、彼を取り込もうと蠢いている……。
真久部にこういうものが視えることは滅多に無い。が、視えた時、それを気のせいと無視してはいけないということだけは分かっていた。
「──今の何でも屋さんの立場が、老人に利用された男と似てるような感じがするんですよ」
「え? でも、あの顧客に届け物頼まれたりしてないですよ?」
また怖がらせるつもりかと、彼は身構えるようだ。失礼な、と思いながらも真久部はゆっくり首を振る。真剣な場面でわざと怖がらせたことは無い。はずだ。
「万物の真理を知りたい、そういう気持ちが嵩じて捩れて歪んだ欲望となり、己の力を試するために真理に干渉することを望むようになるのは、間違った道に踏み出した陰陽師崩れも、禁じられた領域に至った錬金術師も同じです。ただ、あちらの最終目的はいわゆる“賢者の石”であり、実質を求めるという意味で、とにもかくにも物理的ですが、陰陽師の場合は現象を操って現象を起こすという性質が強いので、なんというか──、そう、ある意味バラエティに富んでいるんだね。“賢者の石”のような特定の物質でなくても、現象を起こせさえすれば何でもいいわけですから、つまりは節操が無い」
「せっ……」
節操の無いマッド・サイエンティストって、と彼は慄いているようだ。気持ちは分かるけれど、と真久部は思う。節操があれば、頭にマッドを冠されることなど無いはずである。
「もちろん、全部が全部そういうわけではないですよ?」
そこは一応否定しておく。いつだって、大半はまともなのだ。
「真っ当な陰陽師は、外道や邪法を知識として知ってはいても、行使はしません。だからこの話の老人は陰陽師崩れと言われるし、実際そうだったんじゃないかと僕も思っています……。在野の拝み屋や呪い師の可能性もあるけど、それだとまずここまでのことは出来ないと思うんだ。星を読み、地脈を読み、場を整え、人を操り動かして──元は陰陽道の俊英だったんだろうねぇ。気違いに刃物というか、刃物を持ったからおかしくなったというか」
「はもの……?」
いきなり出て来た言葉に彼が首を傾げているので、真久部は補足をした。
「陰陽師の知識というのは、まあ、刃物というか、武器と同等なんですよ。誰かを呪い殺したり、病気にさせたり、子孫を絶やしたり、家を没落させたり──。そういう事態に至らしめるための、攻撃手段になり得るという意味で」
「……怖いことばかりじゃないですか」
彼がとても嫌そうな顔をする。だからつい、真久部はもっと直接的なたとえをしてしまう。
「手にした力に魅せられたのかもね? ほら、よく言うでしょう? 刀を持つと人を斬ってみたくなるって」
にっこり笑ってみせると、予想どおり彼はもっと嫌そうに口をへの字に曲げて押し黙った。
「……」
「新しい銃を手に入れると、試し撃ちしたくなるとも言いますよね?」
「そういうマッドな人間は、目的と手段が逆転してるんじゃないですか?」
ぽん、と跳ね返ってきた言葉に、真久部は軽く目を瞠った。
「大切な人を守るためならともかく──。面白半分で誰かを傷つけるだけの力なんて、必要ありませんよ」
人として、間違ってます。
そう力説する彼に、真久部はふわりと微笑んでいた。この人の精神は本当に健全だと思う。
「ええ、本当にね、その通りですよ、何でも屋さん」
「……!」
素直な気持ちで同意したのに、その意外そうな顔はどういうことだろう、と不思議に思いながら真久部はつづける。
「知的な狂人というのは、本当にどうしようもない存在で、好奇心を抑えられないし、当人も抑えるつもりはない。だから、この老人は己の興味の赴くままに呪物を作った。──でもね、作ってどうするつもりだったかは伝わってないんだよ」
「……」
「作りたいから作った。──もし本人に聞くことが出来るなら、そのひと言で終わりだろうね」
「頭おかしい……」
ぽつり、と呟いた彼は、しばらく無言で落ち着かなげにしていたが、何かを決意したように大きく息を吐くと、真久部の顔を真っ直ぐ見てきた。
「ねえ、真久部さん。俺が探すように頼まれてる刀剣が、その老人の作った呪物だっていうんですか? さっきからの話からすると……」
語尾がかすかに震えている。
彼のそんな真剣な眼を見つめながら、真久部も真面目に答えた。
「分かりません」
彼はかっくんと首を折った。
「もう……!」
だったらもう怖い話はやめましょうよ、と項垂れる彼に、真久部は言葉を続けた。
「ただ、何というか……」
何というか、このことを考えるとドロドロとしたアメーバのようなものが脳裏に浮かぶのだ。脈動するように伸び縮みし、彼を取り込もうと蠢いている……。
真久部にこういうものが視えることは滅多に無い。が、視えた時、それを気のせいと無視してはいけないということだけは分かっていた。
「──今の何でも屋さんの立場が、老人に利用された男と似てるような感じがするんですよ」
「え? でも、あの顧客に届け物頼まれたりしてないですよ?」
また怖がらせるつもりかと、彼は身構えるようだ。失礼な、と思いながらも真久部はゆっくり首を振る。真剣な場面でわざと怖がらせたことは無い。はずだ。