第70話 兄ちゃん、いなくなった……

文字数 1,618文字

「猛? 猛ぅーっ?」

 なんで手なんかふってるんだよ?
 兄ちゃん。
 ふもとの街までいっしょに行くって言ったじゃないか。

 僕の叫びも虚しく、神殿にたどりついたとき、そこに猛の姿はなかった。
 一人だけ魔法の効果範囲を離れたのだ。

「なんでだよ。兄ちゃん。ずっといっしょに旅すればいいじゃないか。バカー! 猛の人でなしィー!」と言ったところで、あたりにはもう兄はいない。

 僕はふくれっつらであきらめた。
 まったく、ワガママな兄ちゃんだなぁ。
 なんか、ここに来てから猛のようすが変なんだよなぁ。

 それにしても、神殿のなかがさわがしくないか?

「なんかあったのかな?」
「そんな感じですね」

 僕らは全員で神殿へ入っていった。スズランちゃんと安藤くんは、まだNPCだ。ステータスも見れない。なので、行動は僕らの命令がきかない。
 神殿に入ると、いきなりスズランが走った。スカートのすそがヒラリ。やっぱり女の子がいるといいね。それだけで目の保養。

「ただいま帰りました。みなさん、ご心配をかけてごめんなさい。このかたたちが助けてくれたんですよ。ところで、どうかしましたか?」

 右往左往してた神官たちがよってきた。

「よかった! スズランさま。よくぞご無事で。じつは、ついさきほどから、マリーさまの容態が思わしくなく……」

 えーと、僕のムダにいい記憶力をバカにしないでよ?
 マリーさまというのは、たしか、スズランちゃんの師匠にあたる、前任の祈りの巫女だ。病気でふせっているという話だった。そうか。容態が急変したのか。

「お師匠さまが? それは大変です」

 スズランが走っていく。
 あっ、さっきは人が前に立っていて、どうしても行けなかった扉の奥だ。
 その奥はマリーさんの寝室になっていた。病気がだいぶ悪いらしい。いや、高齢だから、とくべつな病気というよりは年齢的なものかもしれない。

「お師匠さま!」
「おお……スズラン。よくぞ戻ってまいりました。これで安心して、あなたにあとを託せます」
「イヤです! そんなこと言わないでください!」

 スズランちゃん。優しいなぁ。いい子だ。やっぱり、あのツンデレは僕の気のせいだ。

 が、そのとき、マリーさんの首がカクッと落ちる。
 えっ? ま、まさか、死んじゃったんじゃ?


 *

 僕が息をのんで見守っていると、神官の一人が言った。
「マリーさまはお眠りになられました。容態が少し落ちついています。スズランさんが戻られてご安心なされたようです」

 なんだ。生きてた。ギョッとさせないでよぉ。
 まあ、よかった。
 でも、このままじゃ時間の問題だなぁ。

 そう思っていると、すっくと立ちあがり、スズランが宣言する。
「わたし、フェニックスの羽を見つけてきます。どんな病も治し、寿命を十年のばすと言われる伝説の鳥の羽を」

 また、やっかいなことを言いだしたなぁ。これは、とりに行かないといけなくなるぞ。絶対に!

 僕の思ったとおりだ。
 蘭さんが言いだした。

「それは、どこへ行けば手に入るの?」
「聖女の塔よりさらに東に断崖絶壁があるんです。その崖に朝焼けのころに立つと、どこからともなくそれは美しい火の鳥が現れると言います。それが不死鳥(フェニックス)です」
「わかった。僕らが行くよ」
「でも、お兄さま……」
「任せて。君はここで、お師匠さまのそばについててあげるといい。アンドー、君が僕の妹を守ってくれ」
「わかりました」と、安藤くんもすっかり、その気。

 僕とシャケには確認しないのか。
 まあ、行くんだけどね。
 じゃないと転職できないし。

「わかったよ。行こう。でも、ちょっと休憩してもいい? MPを回復させないと」
「そうですね」
「それに、朝焼けのころに崖に立つんだよね? 今からじゃ、何時間も待つよ?」
「そうですね。じゃあ、夜明けにまにあうように、夜中に出発しましょうか」

 ん? 夜中?
 夜中はオバケがうごめく時間帯なんですけどぉ……。

 スズランちゃんの手前、それを言うことはできなかった。
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登場人物紹介

東堂薫(僕)

ニックネームは、かーくん。

アパレルショップで働くゆるキャラ的人間。

「なかの人、しまねっこだよね?」とリアルで言われたことがある。

東堂猛(兄)

顔よし、頭よし、武芸も達人。

でも、今回の話では何やら妙な動きをしている。

九重蘭(ここのえらん)

同居している友人……なのだが、こっちの世界では女の子?

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