第36話 山越えの前に(挿絵)
文字数 2,137文字
さて、僕のひそかな満足がいったところで、いよいよ旅支度だ。
昨日はへこんでたので、教会と墓地と宿屋しか行ってなかったが、出立前にくまなく見ておかなくちゃ。
村の人の話も聞かないと。
「ロラン。シャケ。僕、朝食前にちょっと散歩してくるよ」
「そうですか? じゃあ、早めに帰ってきてくださいね。今日は山越えだから、朝のうちに出発しないと」
「うん。待っててね」
僕はぽよちゃんをお供に、宿屋の客室から見てまわる。
じっさい、こんなことしたら警察に捕まると思うんだが、僕が他の部屋をあけても、宿泊客は誰も文句を言わないどころか、親切に話を聞かせてくれる。
「知ってますか? あなた。この世の果ての国から魔王の軍勢が侵攻してきているそうですね。ああ、怖い。怖い」とか。
「樹海では大ムカデにご注意めされ。毒消し草は多めに持っていくんじゃよ」とか。
「ここに来る途中、マーダーの神殿によってきたんですが、なんだかゴタゴタしてるみたいですな。転職できるまで待ってくださいと言われて、残念だけど素通りしてきました」とか。
マーダー神殿で、なんか起こってるのかな? もしかして、それを解決しないと転職させてくれないパターンか?
あれって、ちょっとイラつくんだよね。せっかく長い道のりを苦労して辿りついたのに、まだダメですとか言われるとさ。牢獄の町は正直、魂がぬけた。
旅人だけじゃない。村人も親切。
みな親切。
NPCって、ありがたないなぁ。
「昨日の夜、東の空が燃えてたんだ。ありゃあ、シルキー城でなんかあったんじゃなかろうか」
ありましたね。
でも、僕がそれには答えないでいると、畑をたがやしてたおじさんは、そのまま畑仕事に戻った。
そのとき、クワが掘りかえした土のなかに、きれいな草がまじっていた。光を帯びて、いかにも怪しい。これはお宝くさいぞ。
「あの、この草、貰ってもいいですか?」
「ああ。いいよ」
「ありがとうございます!」
「昨日の夜、東の空が燃えてたんだ。ありゃあ、シルキー城でなんかあったんじゃなかろうか」
あっ、うん。それはもういいんだ。
僕のうしろからヒョイと誰かがのぞく。
「ラッキーやな。かーくん。それは力の種やで。食べると力の数値が上がるんや。めったに手に入れへんねんで」
「あれっ、シャケ。ついてきたのか」
「まあ、序盤から中盤は自分に使うのが無難やなぁ。仲間は途中、なんかの事情で離れてまうこともあるしな」
「ふうん」
もしかして、幸運の数値が上がったからだろうか?
だとしたら、すごい効果だ。
幸運度99998……。
*
なんか、雑草にしか見えないけど、しょうがない。僕は井戸の水で力の種を洗うと、生でかじりついた。
うーん……野菜嫌いにはキツイかも。
味つけが欲しい気はしたが、一口サイズだし、食って食えないことはない。甘いカブみたいなものだった。
目の前にテロップが流れる。
——かーくんは力の種を使った。力の数値が5上がった。
「おっ、ええやん。力の種はランダムで1から5数値上がるんや。5なら最高やで」
やっぱり幸運効果か。スゴイ。
これなら、カジノで一発大当たりとかできるんじゃないか?
そのあとも幸運効果は続いた。
道を歩けば、見知らぬおばさんから「主人が昔、冒険で使ってたものなの。主人はもう冒険者は引退したから」と、力の腕輪を貰うし、野原で足がひっかかって転んだと思うと、そこから小さなコインが出てきた。
なんか、怖いほどついている。
現実に戻ったとき、ちゃんと平凡な人生に満足できるんだろうか? 僕。
村中をあちこち歩きまわった。
武器屋はなかったけど、雑貨屋があった。今のところ武器は破魔の剣ほど強い武器は売ってない。防具もさほどないなぁ。でも、革のブーツというのがあった。裏にスパイクがあって、ちょっと重いけど、山登りには適している。防御力が3あがるので、これを買った。
「あっ、ぽよちゃん、木の帽子が装備できるね。手編みのケープも。買ってあげようねぇ」
「ピュイ」
見るからにダサイ
可愛いカッコもさせてあげたいが、今は防御力重視だ。
武器は石の牙だ。石で作った牙のマウスピースみたいなもんだね。
だ、ダサイ……。
致命的なくらい、可愛くない。
でもまあ、ぽよちゃんが喜んでるからいいか。
最後に教会に行った。
お祈りをしたあと、裏の墓地へ行ってみた。ぽよちゃんの墓がどうなってるのか、興味があったからだ。結果から言うと、墓はあとかたもなく消えていた。小説を書く……スゴイ技だ。
ところで、僕はそこで不審な男を見つけた。黒いフード付きのマントで全身を覆った背の高い男。
あ、怪しい……。