第360話 ブラン王の秘密
文字数 1,462文字
カツカツカツ。
靴音が止まった。
キッ——
鏡の真横の壁が急に、くるりとひっくりかえった。
誰かの足が松明の明かりのなかに、ふみだしてくる。
ブラン王だ。
ちょくせつ見るのは僕は初めてだ。
でも、あの鏡に映る映像のなかで見た顔。
なんだか、顔色が青い。
それに表情がうつろというか、頭痛に耐えるように苦しそう。
見えない糸にあらがうように、両手で何かをふりはらう仕草をするものの、けっきょくはその力に逆らえなかったようだ。
ふらふらと鏡の前に立った。
すでに、ようすがおかしいぞ。
王様は鏡をのぞきこむ。
なにやらブツブツつぶやきながら。
「……違う。私は憎いわけではない。決して、いなくなればいいと思ったわけでは……」
と、どうだろう。
鏡の表面がぼんやり光って、変な声が聞こえだした。
「ヒヒヒ。そんなこと、おまえの本心じゃないだろう? それはおまえだってわかってるはずだ。子どものころから嫉妬していた。母上が亡くなったあと、おまえには父上しかいなかった。新しい母上が来たときには、優しいかたで安心した。また以前のように家族仲よくやっていけると、ホッとした。ところが、そうはいかなかった。新しい母に妹が生まれたとたん、おまえはさけられるようになった。父上にも、新しい母上にもだ。まるで、おまえがバイ菌であるかのように、妹に近よることを禁じられた。おまえは一人になった。いつも家族と遠く離れ、ひとりぼっちで、さみしくすごしていた。妹さえ生まれてこなければよかったと、何度、考えたことだろう? なあ、そうだろう? ブラン?」
なるほど。蘭さんが勇者だとバレると、魔王に命を狙われるからだ。
お父さんやお母さんは、まだ赤ん坊の蘭さんを守るために、ほんとは男なのに女だと偽って、誰もそばに寄らせないようにして世間から隠したんだ。
ブラン王を一人にさせたいわけじゃなかった。でも、結果的にブラン王は一人になって、孤独のなかで育った。
それが兄弟の確執の根本的なところなのか。
蘭さんは両親に愛されて大切に育てられてきたから、お兄さんのこの思いには気づかなかっただろうな。
蘭さんはあれほどの世にもまれなる美形だ。子どものころは、それはもう、なめまわしたいくらい可愛かったに違いない。じゃっかん言いまわしがヘンタイっぽいが、そこスルーだ。
まわりの大人たちに無条件で愛されることが、蘭さんにとっては、あたりまえのことだった。
だから自分を嫌うお兄さんを異質なものとして、さけた。
なんて悲しいすれ違いだろうか。
誰も悪いわけじゃないのに、いつのまにか家族は二つに引き裂かれてしまった。
それにしても、いったい誰がベラベラと王様の内面の思いをしゃべったんだろう? まさか王様?
いや、なんか鏡のなかから聞こえたような?
あんまり離れると隠れ身の範囲から外れてしまう。遠くまでは行けないんだけど、僕は少しだけ近づいて、王様の肩ごしに鏡をのぞいた。
鏡には当然、王様のおもてが映ってるはずなんだけど……。
僕はギョッとしたね。
鏡に映っているのは、王様の顔じゃない。王様はお父さんによく似た和風のイケメンだ。現実世界の蘭さんのお兄さんにそっくり。
だけど、今、そこに映ってるのは、異様に青い肌のヒゲ面の小男。
ヒゲって言ってもボウボウじゃなく、クルンと巻いた口ひげと、あごのさきに逆三角形にひっついてるヤギひげだ。
目はつりあがり、眉毛はへの字。
口は薄くて、冷酷そう。
なんとなく気持ち悪い。
誰だ? コイツ。
もっ、もしや、これが……?