第90話 やっと職につけますね(挿絵)

文字数 1,056文字




 山頂の泉で一休みしたあと、僕らはマーダー神殿へと帰ってきた。

「お兄さま。お帰りなさい。ご無事で何よりです」

 ああっ。いいなぁ。美少女のお出迎えだ〜。いや、迎えてるのは僕じゃないけど、いいんだ。あの笑顔が見れるだけで。かーくん、悟ってるんだもんね。高望みしたってムダってことをね。ふっ……。

「ただいま。待たせたね。スズラン」
「……それで、フェニックスの羽は?」

 蘭さんは麗しく微笑み、馬車のなかから、すごく大きなうぶ毛をとりだした。フェニックスのお母さんが自分の胸からむしってくれたやつだ。本体が巨大なんで、羽一枚でも一メートル近くある。尾羽とかなら、ゆうに十メートルかな?

「これが……フェニックスの羽。見ているだけで力が湧いてくるような神秘的な羽ですね」
「フェニックスはたぶん神界の鳥なんだと思う。でも、もうあの場所には来なくなった。人間の前から姿を消すんだそうだよ」
「そうですか。しかたありません。でも、この羽があれば、マリーさまのご病気はよくなりますね」
「全身をこの羽でなでればいいんだそうだ。一回しか使えないというから、慎重に」
「はい!」

 僕らはバタバタと神殿にかけこんで、マリーさまの寝室へむかった。
 マリーさまは今にも息をひきとりそうな様相で、顔は土気色になりつつある。

「スズランさま。マリーさまはご危篤(きとく)です!」
「もはや、なすすべありません……」
「我々の力がおよばず、申しわけありません」

 神官や神父や医者が青い顔で告げる。
 だが、蘭さんはうろたえない。

「さあ、スズラン。今こそ、フェニックスの羽の奇跡を」
「はい。お兄さま」

 いいなぁ。
 あんな美人にお兄さまと呼ばれたい……。

 いやいや、そんな場合じゃなかった。
 やっぱり女の子がいると、どうも浮ついてしまうね。

 スズランさんの清らかな手ににぎられたフェニックスの羽が、さあっ、さあっとマリーさんの体をなでる。頭のてっぺんからつまさきまでだ。

 す、すると、とつぜん、さっきまで虫の息だった老婆が、「カアッ」と気合の入ったかけ声とともに起きあがった。
 いや、その姿はもはや老婆ではない。どう見ても十年どころか三十年は寿命がのびたんじゃないのか? かなり若返ったぞ。もともと年より若く見える人なのかもしれないけど、年齢不詳の美魔女だ。

「なんじゃ、どうした? 力がみなぎってくるぞい。このとおり、ピンピンじゃあー!」

 ああ……口調は老人のままなんだな。
 まあ、このギャップが個性だ。

 よかった。まにあったよ。僕ら。
 これでやっと無職から卒業だー! わ〜い!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

東堂薫(僕)

ニックネームは、かーくん。

アパレルショップで働くゆるキャラ的人間。

「なかの人、しまねっこだよね?」とリアルで言われたことがある。

東堂猛(兄)

顔よし、頭よし、武芸も達人。

でも、今回の話では何やら妙な動きをしている。

九重蘭(ここのえらん)

同居している友人……なのだが、こっちの世界では女の子?

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み