第145話 走るミャーコ
文字数 2,135文字
ミャ……ミャーコ?
ミャーコまで夢の世界に入ってきちゃったのか?
いや、違うぞ。よく見ると、あれはミャーコポシェットだ。ミャーコはミャーコだけど、プリチーなぬいぐるみと化している。
ミャーコポシェットは僕と目があうと、「ミャア」ともう一回鳴いて、トコトコと鉄格子のすきまをすりぬけ走りよってきた。
す、スゴイな。
持ちぬしを自動追尾する機能までついてるのか?
どうなってるんだ? さすがは魔法アイテム。もうコレ、生き物なんじゃないのか?
「ミャーコ。戻ってきてくれたんだね」
「ニャっ、ニャっ」
ありがたやぁ。
これで飢えをしのげる。
僕はミャーコポシェットの頭をなでてから、ヒモをななめがけにした。
これで安心だ。装備品はとりあげられたままだけど、それだけならまだしも傷は浅い。
さっそくポシェットのなかから、サンディアナの街で買ったパウンドケーキとオレンジジュースのビンを二本とりだした。
「ナッツ。そんな固い石みたいなパンより、こっちのほうが美味しいよ。いっしょに食べよう」
「えッ? ほんと? いいの?」
「うん。半分こ」
ミックスナッツの袋詰めもあるけど、それは日持ちするから、またあとでいいか。ここに何日、閉じこめられてるかわからないしな。
薬草みたいな特殊な効果があるわけじゃないけど、ケーキはうまかった。お腹が満たされて疲れがいやされる。
「うまい! こんな美味いもん、オレ、初めて食ったよ」
「ナッツはずっと一人なの?」
「……ガキのころに街がモンスターに襲われて。父ちゃんは殺された。母ちゃんはさらわれたんだ。大きな馬車に乗せられて」
ん? それって、僕らがつれてこられた怪しいキャラバンなんじゃないのか?
「それって、何年前の話?」
「三年前」
まあ、そうだな。ナッツは七歳くらいだ。三年前なら、まだ幼児だ。子どもが自分をガキだったと言える年か。
「じゃあ、もしかしたら、この場所にナッツのお母さんも捕まってるかもしれないね」
「そう……だね」
なんか、ずっと、ここに閉じこめられてるのも退屈だなぁ。
なんとか廃墟の内部を探検できないかなぁ?
ナッツのお母さんも探してあげたいし。
牢屋のカギをどうにかして手に入れたいんだけど……。
*
ミャーコポシェットが帰ってきてくれて、ほんとによかった。これで旅が続けられる。装備品はまた買えばいいし。旅人の帽子は惜しいけどさ。
お腹がふくれて眠くなってしまった。
うたたねしていると、どこからか声が聞こえてきた。
「かーくん。かーくん。起きてごしなはい」
ん? この訛り……。
目をあけると、鉄格子の前にアンドーくんがしゃがんでいる。ぽよちゃんやたまりん、クピピコもいた。
「アンドーくん。遅かったね」
「さきに内部を偵察してきたが」
「そうなんだ。どうだった?」
「うん。二階と三階にはモンスターがウジャウジャおうね。みんな、見習いガーゴイルや見習いゴーレムやミニドラゴンだわ。半魚人や竜兵士も多い」
「ウジャウジャ?」
「うん。ウジャウジャ」
やんなるなぁ。逃げだすのが大変じゃないか。
「四階は? たしか、この建物、四階建てだったよね?」
「四階にはここのボスのグレート研究所長がおる」
「な、なにその売れない芸人みたいな名前のヤツ?」
「名前は笑ぇけど、たぶん強いよ。アイツがここでなんかの研究しとうみたいだわ。そのために人間がつれてこられちょうだないか」
「ふうん」
僕はスヤスヤ眠っているナッツをながめて、声をひそめた。
「あの子のお母さんも三年前にキャラバンにさらわれたみたいなんだ。ここに捕まってるんじゃないかと思うけど」
「お母さんの名前はなんていうかいね?」
「あっ、まだ聞いてなかった」
「人間は地下のこの牢屋のなかにしかおらんよ。何年も前から捕まっちょう人はおらんやな気がすうけどね」
「なんで?」
「こぎゃん石みたいなパンばっか食べちょったら、栄養失調で死んでしまあわ。死なんまでも、だいぶ弱るだない? そこまでやせ細っちょう人はおらんけんね」
なるほど。するどいところをついてくるな。さすがはスパイとして暗躍してただけはある。
「じゃあ、つれてこられた人間はどこに消えていくんだろう?」
栄養失調で死なせてしまうためだけにつれてくるとは思えない。別の場所に移しているのか、それともモンスターのエサとして食われてしまうのか。あるいは……。
「グレート所長の研究っていうのが気になるよね」
「うん。わがもうちょっと調べてもいいけどね。でも、早めに逃げたほうがいいやな気がすう。ここは、なんか変だけん」
すると、そのときだ。
遠くのほうで足音が近づいてきた。
アンドーくんが灯りの届かないすみの暗闇のほうへ走っていく。隠れ身、使ってないのか。使える時間がかぎられてるんだったっけな。
きっと足音は竜兵士たちだろう。
今度はなんだろうか?
いよいよ、僕ら、モンスターのエサにされるのかな?
僕はドキドキしながら、近づいてくる足音を聞いていた。