第381話 ヤドリギは消えた

文字数 1,538文字



 邪悪なものの消える瞬間。
 それって感覚だけでわかる。
 空をぶあつく覆っていた黒雲が、とつぜん霧散し、こうこうと太陽が晴れわたるときのような。
 真夜中から急に真昼になったくらいの違いを肌で感じる。

 悪のヤドリギはもういない。
 ミルキー城にのしかかっていた暗く重く淀んだ泥水のような空気は、きれいに消滅した。

 僕らは勝った!
 みんなで得た勝利だ。
 大きな犠牲はあったけれど……。

 ロレーヌ様は、蘭さんが大急ぎで蘇生魔法をかけたら息をふきかえした。ヤドリギがいなくなったから、夢遊病からも覚めた。

「母上!」
「ロラン。それに、あなたは……スズランなの?」
「お母さま!」

 三人で抱きしめあって、嬉し涙をこぼした。

 だけど、一方で、イケノくんは目をさまさなかった。
 姿形はもとのイケノくんに戻った。でも、目をひらかない。
 蘇生魔法をかけても、回復魔法をかけても。
 モンスターに変身してた期間が短いから、魔法毒じゃない。

 あれだけの攻撃を受けた。
 ふつうの人間が耐えられるようなダメージではなかった。

 イケノくんは、死んだのだ。

「セイヤ……ごめんだよ。でも、これでよかったよね?」

 アンドーくんの流す涙は、蘭さんたちの涙とはまったく異なるものだろう。
 苦くて切ない。

 僕は急いで、小説を書いてみた。
 でも、やっぱりダメだった。
 戦闘が終わったあと、イケノくんが目をさましたと、打ちこもうとしたけど。
 僕の“小説を書く”ランクでは、人の生死をあやつることは、まだできない。

 待ってて。イケノくん。
 必ず、生きかえらせてみせるよ。
 いつか、必ず。

 シルバンに頼んで、イケノくんを石にしてもらった。

 もっと小説を書かないと。
 早く、ナッツのお母さんやイケノくんを助けてあげたい。
 ブラン王もだ。

 そのあと、ミルキー城に居ついていたモンスターたちは、僕たちで一掃した。ごろつきや怪しいならず者たちは立場が悪くやったことを悟って、みずから去っていった。
 城下町も明るいふんいきに戻った。
 うさんくさいヤツらはいなくなった。

 ココノエさんもシルバースターの休養地から、ミルキー城に戻ってきた。
 ミルキー国の王位には、ココノエさんが返り咲くことになった。
 どうでもいいけど、ココノエさんって書くと、現実世界の九重さんみたい。蘭さんパパ。

 蘭さんたちはミルキー国を建てなおすために大忙しのようだった。
 よくゲームではさ。
 大物を倒したあとって、『盛大な宴が催された。そして一夜が明けた』って二行でそのあたりの全部が終わっちゃうんだけどさ。
 じっさいにその世界に来てしまうと、そう簡単にはいかないよね。一晩で何もかもキレイに片づいて、さあ次の冒険ってわけにはいかない。

 とりあえず、ミルキー国とボイクド国の国交は回復し、新たに相互不可侵条約とか友好条約とか、アレコレ結ばれたらしい。
 蘭さんは王族として、大忙し。

 僕らはミルキー城が落ちつくまで、ボイクド城の宿舎に帰った。

 宿舎には、たまに、ふらりとワレスさんがやってきて、後処理のことや新たにわかったことなどを教えてくれる。

「例の鏡にかかっていた魅了の魔法は解かれた。吸魂の呪いは解かれていないので、ブラン王の魂は鏡のなかだが、少なくとも誰かがあの鏡をのぞいて、なかにとりこまれることはなくなった」
「そうなんですね。じゃあ、いつでも好きなときに王様と話すことができるんですね」
「ああ。名前を呼ぶと、その人の魂と話すことができる。今は魔法使いたちが、なかに囚われた人の話を熱心に聞いている。とくに最初に呪いを受けたという古代の姫の話は、重要な情報になる可能性が高い。だが、これが見つからないんだ。名前がわからないからな」
「なるほど」

 あの鏡も謎が多いなぁ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

東堂薫(僕)

ニックネームは、かーくん。

アパレルショップで働くゆるキャラ的人間。

「なかの人、しまねっこだよね?」とリアルで言われたことがある。

東堂猛(兄)

顔よし、頭よし、武芸も達人。

でも、今回の話では何やら妙な動きをしている。

九重蘭(ここのえらん)

同居している友人……なのだが、こっちの世界では女の子?

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み