第142話 ぼっちになってしまった

文字数 1,269文字




 ガラガラと車輪のまわる音。
 ゆれる馬車。
 僕は今、なわで縛られ、怪しいキャラバンの幌馬車に乗せられている。

 まあ、こうなることはわかっていたさ。

「僕が勇者だ。ゴドバ、きさまは僕が倒す!」

 いやぁ。声がふるえないようにするのに苦労したなぁ。

 勝負は一瞬だった。
 馬車の前にとびだした僕を、ゴドバは目にも止まらぬ速技で倒した。
 今でも何が起こったのかわからない。
 痛いッと思ったときにはもう、僕は気が遠くなっていた。
 ゴドバの笑い声と嘲るような言葉が薄れゆく意識のなかに、ぼんやりと入りこんだ。

「これが勇者の力か。わしを倒すなど百万年早いわい」

 ハハハハハハ——という高笑いを聞きながら、僕はただ、蘭さんが僕の意図を察して逃げだしてくれることを望んでいた。

 で、今。
 僕は一人、魔物たちの馬車のなかだ。
 どうやら蘭さんたちは、うまいこと逃げだしたようだ。
 よかった。いちおう僕の思惑どおり。
 気絶したけど、ものすごい重傷を負ってるってわけでもないし。

 それにしても、どこへつれていかれるのかなぁ。
 馬車のなかだってことはすぐにわかったんだけど、幌が目隠しになって外の景色が見えないんだよな。

 こう退屈だといらないことを考えてしまう。


 ——裏切りのユダは黒いフードつきのマントをかぶってた。黒金装備で黒髪の人間の男だ。


 ああ……兄ちゃん。
 兄ちゃんが裏切りのユダ?
 魔王の四天王?

 そんなわけあるはずないじゃないかと思いつつ、気になる。
 そういえば、猛のようす、変だったよなぁ。
 いっしょに旅ができないとか、それに勇者の話が出たとき、すごく深刻な顔してたし、別れぎわのときも妙なこと言ってた。どんなことがあっても兄ちゃんはかーくんの味方だ、とかなんとか。

 うーん。認めたくないけど、猛が裏切りのユダだとしたら、いろいろ納得がいく。

 シルキー城に到着する前、洞くつのなかで猛を見かけたのも、お城を襲撃する前に行軍してたんだと言える。あのとき、まわりには強そうなモンスターがいっぱいいた。

 アナコンダ戦で僕を助けてくれたときには、まるでアナコンダが恐怖にすくみあがったように硬直した。あれは魔王の側近だと、本能で悟ったからなのかも。

 夜になるとどっかに行ってたしね。
 マーダー神殿のなかに一度も入ってないんじゃないのかな?
 シルキー城の生き残りとかが神殿にいたら困ると思ったから、とかね。

 そんなふうに考えると、いちいち全部がほんとらしく思えてくるんだよね。
 トーマスはユダの髪が巻き毛だったと言ってたし。猛の天然ラーメン髪は西洋風に言えば巻き毛かもしれない。

 ゴドバが僕を勇者だと勘違いしたのも、そのせいなんじゃないかな?
 だって、僕はあのとき、“誰”が勇者なのか言わなかった。
 あの話の流れだと、僕が勇者だと猛は思ったんじゃないの?

 気が重いなぁ。
 このまま連行されてくと、勇者として処刑されちゃうかもしれないし、兄は四天王だし、不幸のダブルパンチ!
 どっかで逃げだせないかなぁ?

 そんなことを考えていると、馬車の外から何かがとびこんできた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

東堂薫(僕)

ニックネームは、かーくん。

アパレルショップで働くゆるキャラ的人間。

「なかの人、しまねっこだよね?」とリアルで言われたことがある。

東堂猛(兄)

顔よし、頭よし、武芸も達人。

でも、今回の話では何やら妙な動きをしている。

九重蘭(ここのえらん)

同居している友人……なのだが、こっちの世界では女の子?

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み