第364話 ブラン王の決意
文字数 1,702文字
映ったのは男の姿。
なんちゃって中世なのに、和風のイケメン。
ブラン王だ。
「……話は聞いた。そうか。ここは鏡のなかか。そして、今まで気づかなかったが、母上もこのなかにいらしたのだな」
「ブラン王。あなたは今、鏡のなかにいるんですよね?」
「そうだ。夜になると、どうしても鏡を見たいと思う魔力に逆らえなくて……」
「じゃあ、さっき、ここから逃げだしていったのは——」
王様はうなずいた。
「悪のヤドリギだ。私の体は今、あの魔物にあやつられている」
やっぱりそうなのか。
王様がたまに人が変わったようになるのは、そのせいだったのか。
人格が変わるのは当然だったんだ。だって、まったくの別物の魂なんだから。
「うーん。としたら、どうやってヤドリギを退治したらいいんだろう? 鏡をこわすだけじゃ、きっと閉じこめられた魂が解放されるだけだよね。ヤドリギの魂をやっつけることにはならない……」
ブラン王の背後に、うっすらとミラン様が映った。
この鏡、多重人格の人の心のなかに似てるなぁ。光のあたる表層意識(鏡の表面)にいられるのは、基本的に一人なんだ。だから長年、閉じこめられていても、めったにほかの魂と会うことができないんじゃ?
二人同時に映るのは、きわめて珍しいことなんだと思う。
「鏡から解放された魂は、宿るべき体がないのですから、すぐに昇天します。ただ、悪のヤドリギは数千年という歳月を鏡ですごし、人の心に宿るすべを心得ています。誰かの体に取り憑いて逃げだそうとするのではありませんか?」
「やっぱり。じゃあ、実質、悪のヤドリギを倒す手段はないってことですかね? せめてヤドリギが今このなかにいれば、鏡ごと、どこか誰もいない密室に厳重に封印してしまって、ヤドリギがこの世界に干渉することをできなくするってこともできたけど」
明日の朝、ヤドリギが帰ってくるのを待ってから封印する?
でも、それじゃ遅い。
ヤドリギは帰ってきた
らんらん姫
を殺してしまおうとするだろう。王位継承権を持ってる蘭さんは、ヤドリギにとってジャマな存在だ。それでなくても、ヤドリギは歪んだ思考の持ちぬしだ。家族や友人同士がいさかいを起こし、傷つけあうさまを見るのが何より好きなやつ。
ブラン王みずから蘭さんを火焙りにさせて、あとから王様が悔やみ、苦しむようすをながめて満悦するかもしれない。
ましてや、蘭さんが勇者だとバレてしまったら……。
「どうにかして、今夜中に悪のヤドリギを倒さないと。会食中はまだしもワレスさんがそばにいるけど、深夜は別室にわけられてしまう。ロランとスズランとバランたちだけじゃ危ない。ロランは実のお兄さんを信じたいと思うだろうから、油断してるところをやられてしまうかもしれない」
すると、ブラン王のおもてに決意の色が表れた。ブラン王は静かな瞳で告げた。
「魂はそれの宿る肉体ごと破壊すれば消滅するのではないか? かまわぬ。やつが私の体にあるうちに、私を殺してくれ。頼む。これ以上、やつが私の体で弟にヒドイまねをする前に」
僕はハッとした。
「弟だって、知ってたんですか?」
「もちろんだ。子どものころに一度だけ遊んだことがあるからな。自分でほんとは男なんだよと言っていた。ロランはまだ三つか四つのときだ。おぼえていないかもしれないが」
うッ……子どもの無邪気さって、怖い。
「でも、そんなことしたら、あなたが死んでしまいますよ? 帰る体がなくなってしまう」
「かまわない。このまま魔物に国をいいように悪用され、世界を滅びに導くくらいなら、それが一国の王としての責任だ」
ブラン王。
ほんとは律儀で正義感の強い男なんだな。
自分のせいで自国を、世界を滅ぼしたくない、何より実の弟を苦しめたくないという彼の心持ちは痛いほど理解できた。
僕には王様の重い決意をくつがえすことはできない。そんな軽い気持ちで言った言葉でないことはわかっていたから。
「頼む。おまえたちの手で、私の国を救ってくれ。私の弟を助けてやってくれ」
「……わかりました。必ず、救ってみせます」
僕らは宴のひらかれている大広間をめざすことになった。
悪のヤドリギ。
絶対に倒す!