第143話 馬車がたどりついたのは
文字数 1,948文字
僕はあるていど、この夢のなかでの死を覚悟していた。
どうせ死んでも現実に戻されるだけだと、たかをくくっていた。
誰の助けも期待してなかったし、あとはもう蘭さんが勇者として成長して、この世界をハッピーエンドに導いてくれることを陰ながら願うしかないと思っていた。
とつぜん、馬車が止まった。数分間、その場で停止している。
ちなみに幌馬車のなかには各地からさらわれてきた人たちが乗せられていた。
サンディアナが襲撃されたときに捕まったんだろうか。
サンディアナ以外の場所から誘拐された人もいるようだ。民族衣装みたいなものを着てる。
そのごちゃごちゃの馬車のなかに、とつぜん幌をめくって、もぐりこんできた何者かがあった。
それはまっすぐ僕のほうへとびついてくる。
「キュイキュイ」
「あっ、ぽよちゃんっ?」
「キュイ〜キュイ〜」
な、なんと、ぽよちゃんが僕を追ってきてくれた。
いや、ぽよちゃんだけじゃない。
続いて、ふわふわとたまりんが、そして、アンドーくんが忍者みたいに忍びこんでくる。クピピコもいる。
「あっ、アンドーくん……」
「隠れ身でつけてきたよ。早やに逃げぇか。ロランたちは先に逃げだしたけん。もう大丈夫だよ」
「あ……ありがとう……」
仲間っていいなぁ。
ほんの数時間のあいだだけど、ひとりぼっちはさみしかった。
アンドーくんは手早く、僕を縛るなわをほどいてくれた。
これで自由だ。
なんとかスキを見て逃げだそう。
ほかの人たちも助けたいけど、今すぐにはムリだ。
ゴドバさえいなければ、なんとかできたのに……。
「かーくん。逃げぇよ?」
「うん」
幌をめくって外をのぞいてみた僕はギョッとした。
「あ、アンドーくん……」
「どげした?」
「こ、この馬車……」
「うん?」
「浮いてる……」
「ええっ?」
馬車が空を飛んでる。
空っていうか、魔法でできた変な空間みたいだ。
黒っぽいうねるような虚空を、なんの支えるものもなくガラガラと進んでいく。
「何ここ?」
「さっき、わやつが馬車に入るまでは、ふつうの街道だったよ? まだボイクド国の領内だった」
たぶん、空間のトンネルみたいなものだと、僕はふんだ。
これじゃ逃げだせないじゃないか。
ぐすん……。
*
やがて、馬車は止まった。
目的地に到着したようだ。
もしかして、魔王城とかかなぁ?
やだなぁ。
まだレベル20なのに、魔王城のモンスターとなんて戦えない。
「アンドーくんたちは隠れ身で姿を消して。僕はこのまま、ついていってみる。さっきの変なトンネル、もう一回通れるかどうかもわかんないし、ほかに逃げ道があるのか調べてみないと。もしもほんとに殺されそうになったら助けてよ」
「わかった」
小声でゴニョゴニョ話してるところへ、外から足音が近づいてくる。バサリと幌がめくられた。
「囚人ども。出てこい」
あの二足歩行の竜みたいな兵士たちが、剣や槍をかまえて立っていた。
ヤツらに命じられて、一人ずつ外へひっぱりだされる。泣きわめいて抵抗する人もいたけど、竜兵士は容赦なくつれだした。かるく殴っただけで一般人は気を失ってしまう。
僕なら失神はしないだろうけど、今ここで争ってもなんのメリットもない。おとなしく外へ出る。
馬車が停まっているのは、なんともイヤな感じの場所だった。
空がにごって淀んでる。
周囲を森にかこまれた廃墟だ。
森に入る手前は断崖絶壁で、崖のむこうには雲が遥か下方にある。どうやら、ここはものすごい高所のようだ。落ちたら、ひとたまりもない。
この場所がどこにあるのか、地図を見たいけど、竜兵士が何人もいるから、それもできない。
どこなんだろう?
近くに人間の街があれば逃げだすこともできるだろうけど。
「おとなしくついてこい。抵抗すると殺すからな」
竜兵士はキイキイと耳ざわりな声で命令する。
捕らわれた人たちは一列になって、廃墟へむかっていった。
廃墟の入口で、一人ずつ武器や持ちものをとりあげられた。もちろん、僕もだ。
ううっ。僕の旅人の帽子。銀の胸あて。破魔の剣。鋼鉄の靴。
何よりも、ミャーコポシェット!
あのなかにはフェニックスの灰が山ほど入ってるのに。所持金も三十万円はあった。
でも、僕は気づいた。
ゴドバがいない。
どうやらヤツは勇者(僕)が弱いことに安心して、どっか別の場所へ行ってしまったようだ。
ということは、ここにいるのは、この竜兵士たちだけかな?
隊長か何かはいるかもしれないけど、ゴドバがいないのなら、案外、勝機はあるぞ?