第166話  下水道にはゾンビです

文字数 2,174文字


 ふりかえると、そこに、いかにも腐乱した死体が立っていた。
 青く変色した肌。
 くずれたお肉。
 目玉がこぼれおちそう……。

「ギャーッ! 出たー! オバケッ!」
「かーくん。あれはモンスターだが」
「出たー! キライ。怖い。汚い。くさい。ヤダ。ヤダ。あっち行けよぉー!」
「か、かーくん……戦わや」
「ヤダー! ヤダー!」

 テロップ。テロップ。流れる。流れる。


 野生のすてられた死体が現れた!
 野生のブッキーが現れた!


 ギャー! ギャー! すてられた死体!
 オバケー! オバケー! オバケー!
 はぁはぁ……ちょっと疲れてきた。
 ふつうに戦おうかな。

「かーくん、巻きで行く?」
「今は五人だから、大丈夫。ぽよちゃんも戦えるし。ぽよちゃん、聞き耳してくれる? ゾンビの数値が見たいなぁ」
「キュイ!」

 お耳ピクピク〜
 はぁ。いやされる。
 戦場のオアシスやぁ。

 ゾンビ=すてられた死体のステは……HPと攻撃力高めで防御が低い。素早さはうんと遅く、行動パターンは、のっとると、くさい息。くさい息は毒、マヒ、幻覚のいずれかの状態異常をランダムに起こす特殊攻撃。

「よし。じゃあ、ぽよちゃん。本から倒して」
「キュイ〜!」

 ザックザックと切りさかれるブッキーたち。ぽよちゃんにかかれば、あっというまに残骸に。赤い本と青い本が倒れた。

「燃えろ〜」

 アンドーくんが黄色い本を倒す。
 ヤツらは弱点の属性をついた攻撃魔法の前には、もろい。

 残るは、すてられた死体。
 そのネーミングから察するに、実験に失敗したかどうかして、ここに廃棄されたんだろう。

 うーん。かわいそうだけど、ここまで腐ってしまった死体を生き返らせることはできない。ごめん。成仏して。

 僕はひさしぶりに破魔の剣をかまえる。ブーメランより攻撃力が高いから、単体にはこっちだ。

 タタッとかけよったものの、近くで見ると、スゴイ迫力だなぁ。
 死体感ましまし。

 僕はついつい、攻撃をちゅうちょした。どこを切っていいのかわからない。首を落とせば動かなくなるのかな? それとも心臓?
 何がイヤって、剣が汚れそうでイヤなんだよな。
 でも攻撃しないことには倒せないし。
 魔法で倒したほうがいいのかな?
 魔法ならさわらなくてすむ。
 あッ。僕、攻撃魔法って「破魔の剣〜」しかないか。

 ためらっていると、死体が「アガーッ!」と叫んだ。
 うわッ。くさい。口臭エチケットがなってない!

 僕の意識は遠のいた……。




 気がついたとき、僕のまわりはゾンビだらけになっていた。
 アンドーくんがゾンビに!
 ぽ、ぽよちゃんも!
 たまりん……は、もともと人魂か。
 ナッツまで腐った死体になって、こっちに迫ってくる。
 うわっ。手がもげそう。足も糸ひいてるよ。目玉がはみだしてるぅー!
 ギャー! オバケー! こっち来るなぁーッ!

「ギャー! ギャー! ギャー!」
「か、かーくん……?」
「キュイ……?」
 ゆら〜り。

「く、来るなってば! ヤダー! ヤダー! オバケー!」

 僕は逃げだそうとするけど、なぜかその場から動けない。
 むっ? もしや、これは待機行動か?
 なんで? まだ僕、攻撃してなかったんだけど。

「かーくん。かーくん。どげしたで?」
「おーい。兄ちゃん」
「キュイ、キュイ……?」
 ヒュードロ……。

 う、うう……みんながゾンビになってしまった。
 いつのまにか、みんな、やられてしまったのか?
 すてられた死体、いったい、みんなに何をしたんだ?

 ま、まさか、ゾンビって感染るのかな?
 某有名映画みたいに?
 ウィルスで?

 ど、どうしよう。怖いよ。
 助けてー! 猛ぅー。
 あっ、猛は裏切りのユダなんだっけ。
 じゃあ、誰も僕を助けてくれないのか?
 ぼ、僕が戦わないといけないのか?
 やるしかないのか……。
 ブーメランだ!
 こういうときは全体攻撃できるブーメランが最適だ!

「わあっ、わあっ! オバケめー! 成敗っ!」
「うわぁっ! かーくん。やめてごしなはい」
「兄ちゃん、何してんだよ! おれたち殺す気かッ?」
「キュイー! キュイー!」

 ゾンビたちがあわてふためいた。
 さあ、ブーメランをなげるぞ。
 僕のクリティカル、いでよ!

「——かーくん! ごめん!」

 急に僕はお腹に衝撃を受けた。
 アンドーゾンビが短剣(さやついたままだけど)で、僕のみぞおちを突き刺してきた。
 トドメ発動ォー!
 僕は気を失った。


 チャラララッチャッチャー!

 ん? 目がさめると、目の前にアンドーくんが立っている。ぽよちゃんやたまりんも心配そうにのぞきこんでる。

「かーくん? 大丈夫だ?」
「あれ? アンドーくん?」

 アンドーくんは……えっと、ゾンビじゃない。ほっとした表情で吐息をついた。僕も、ほっとした。

「よかった。かーくんがもとに戻った」
「ええっ? 僕はずっと、ふつうだったよ? みんなが急にゾンビになったんだよ?」
「わやつは誰もゾンビになんかなっちょらんよ。それ、たぶん、幻覚だない?」
「幻覚?」
「うん。幻覚。ゾンビのくさい息にやられえと、幻覚になぁが?」
「ええっ? じゃあ、あれ、幻覚だったの? でも、まだ僕の攻撃だったよね? ゾンビのターンじゃなかったんだけど」
「それ、のっとるっていう技だと思うわ。相手の攻撃のときに、順番をのっとって、自分の番にしてしまぁみたい」

 うーん。ゾンビ、あなどれない。
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登場人物紹介

東堂薫(僕)

ニックネームは、かーくん。

アパレルショップで働くゆるキャラ的人間。

「なかの人、しまねっこだよね?」とリアルで言われたことがある。

東堂猛(兄)

顔よし、頭よし、武芸も達人。

でも、今回の話では何やら妙な動きをしている。

九重蘭(ここのえらん)

同居している友人……なのだが、こっちの世界では女の子?

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