第1話 始まりの街、いや、これは夢
文字数 2,344文字
気がつくと、僕は変な場所に立っていた。
どんなふうに変かって?
だって、記憶にないのに、東京ネズミの国にいる。
なんというか、中世ヨーロッパ
風
なんだが、絶妙に作り物くさい。なんだ、ここぉー?
夢か?
あっ、そうか。夢か。
だよね。
さっきまでコタツで寝てたもんね。
なんだ、夢か。
僕はそう結論づけ、安心しきって夢を満喫することにした。
石造りの西洋の建物。
石畳の道路。
広場には噴水。
きれいだなぁ。
遠くにお城も見える。
やったね。タダでネズミの国観覧だぁー!
しばらく歩くと、売店が見えた。
出窓にならぶ商品が、いかにもお土産。
外観の古めかしさにくらべて、内装がやけに現代風なんだよなぁ。絶対、電気とか、かよってる。
ジロジロ見てたら、店員さんに声をかけられてしまった。
「違いますよ」
「はッ?」
なんだろう? いきなり“違いますよ”は、なんか違わないか?
「な、なんでしょう?」
思わず下手に出る気弱な、かーくん。
「あなた今、売店だって思ったでしょ? 違います。ここ、武器屋ですから」
なるほど。そう来たか。
どうやら、ここはただのネズミの国でも、大阪のスタジオでも、日本で一番かせいだ子猫という名の白猫の国でもないらしい。
ゲームだ!
最近、流行りのやつね。
どうやら、僕は異世界転移したようだ。(っていう夢を見てるんだな。うん)
*
ここが武器屋で、街のなかってことは、アレだ。こここそ、いわゆる始まりの街。そして、この街の外にはモンスターとかがウジャウジャいたりするのだろう。
うわー。懐かしいなぁ。
学生のころはさ。よくしたんだよね。ロールプレイングゲーム。
まだスマホのアプリゲームが主流になる前で、質の高いいいゲームがたくさんあったもんだ。
ということは、僕はさしづめ、冒険者ってとこ?
ふつう、こういうゲームって、オープニングイベントがあるんじゃないの?
お姫様が魔王の手下にさらわれるとかさ。
自分の住んでる村が魔物の大群に襲われるとかさ。
まあいい。
近ごろはなんにも起こらないスローライフを楽しむゲームなんかもあるらしいからな。
僕はさっそく武器屋に入った……。
どう見てもお土産の売店なんだけど!
商品はクッキーの箱とか、ぬいぐるみとか、ハンカチとか、マグカップとか、はたまた木刀とかだ——って、えっ? 木刀はあるんだ?
「あの、木刀ください」
「はい。五十円です」
今、店員さん、五十円って言った!
五十円? 異世界で円?
てか、安すぎない?
なんか木刀ってわりにビニールに見えるし。
いろいろツッコミたい。
まあ、いいや。五十円なら買ってみよう。
「じゃあ、コレ」
「はい。どうぞ」
ん? あれ? 財布は?
財布は……ない。
だよね。家のなかで財布、持ち歩かないもんね。ポッケに入ってるのはスマホのみ。
「あ、あの……やっぱり、いいや。コレ」
三角巾風に巻いたバンダナ、エプロンというモブ顔のお姉さんのひたいに、わかりやすい怒りマークが浮かんだ。
「お客さま。返品は半額返しですよ?」
「いや、まだ買ってないし」
「買いましたよ。これくださいって言ったでしょ?」
「まだお金払ってないから買ってないよ」
お姉さんは口元に両手をあてて、すうっと大きく息を吸いこんだ。
あっ、なんかヤバイ。
なんて言うつもりかわかった。
「ドロボーォッ!」
やっぱり……。
*
僕はお店のお姉さんの叫び声に追いたてられて、街路へとびだした。
「待てェー! ドロボー!」
「だから、ドロボーじゃないよ! 悪かったって。財布、忘れてきたんだよ」
わめき返しながら人ごみを走っていく。なにやらお城から兵隊が呼びだされたもよう。ピーピーと笛を吹きならす音が聞こえる。
はぁ……たかだか五十円でドロボー呼ばわりされてたまるか、と思ったが、路地裏に逃げこんだあと、右手ににぎったものを見て、僕は自分の目を疑った。
あっ、僕、ドロボーだ。
木刀、持ってきちゃったよ。
うーん、これで捕まったら確実に現行犯だ。
悩んでいると、路地裏の反対側の出口から、同じようにあわてて駆けこんでくる人影。
な、なんか、こ、これは?
遠目だけど、ものすごい美女に見えるんだけど?
ドキドキ。ドキドキドキ。
これか? オープニングイベント。
きっと、中盤で結婚する予定の美少女に違いない。
僕の胸は期待でこれ以上ないほど高鳴る。
ああ、なんか、こういう感じ、久々だなぁ。
なにしろ、カッコよすぎる兄と美形すぎる同居人にかこまれて、すっかり影が薄れてるからな、僕。女の子と恋なんて何年ぶり?
待ちかまえていると、美女はみごとに僕の胸にぶつかってきた。
しかし……しかし、なんか違和感が……。
路地裏、暗すぎる。
麗しの美女の顔がよく見えないじゃないか。
「だ、大丈夫ですか? あの?」
思いきって声をかけると、美女が顔をあげた。
うっ、美しい!
間近できらめく瞳は、まさに魅了という名の魔法。
……なんだけど。
でも、これって、なんのバグだ?
僕は顔文字で言うなら( ̄▽ ̄)こんな顔のまま、言葉を失った。
だって、蘭さんなんだもん。
たしかに絶世の美女でスカートもはいてるんだけど、この世に二つとないようなその美貌は、京都の町屋で僕らと同居してる兄と同い年の男友達だッ!
ウソだ……夢のなかでまで、恋愛禁止なのかッ?
「あの……」
「早く逃げないと! 追っ手が来ました」
「う、うん。蘭さん」
「僕の名前は、らんらんですよ?」
うーん。パンダみたい。
僕の名前はって、ボクっ娘なのか?
これまたツッコミどころ満載。
とにかく、路地の切れめから兵隊らしい影がたくさん追っかけてくる。
しょうがなく、僕は、らんらんの蘭さんとその場を逃げだした。