第192話 山びこ戦!3
文字数 2,005文字
ふつうに戦って、山びこを倒してから、子鹿を回収すればいいのか?
きっと、蘭さんやワレスさんなら冷静に判断して、そうするんだろうな。
でも、僕は子鹿のために自分を犠牲にしようとしてる、心優しい山びこを攻撃するのは忍びない気がしてたまらない。
「山びこ。聞いてくれよ。約束するから。絶対、子鹿を助けるからさ! 山びこだって、ずっとここにいたら、都から軍隊が来て、否応なく倒されるんだよ? それでいいの? 子鹿だって、心ない人に見つかったら、そのまま殺処分されてしまうかもしれないよ? ねえ、お願いだから、僕に任せて!」
説得しようとするんだけど、近づくたびに、守るが発動する。
僕は思った。
この山びこ、ほんとに生きてるんだろうか? 山びこは山の精霊だ。ということは、ここにあった山が切りくずされたとき、その生命を終えてるんじゃないだろうか?
今ここに現れたのは、子鹿を守りたいっていう一念の、魂の残像のようなものなんじゃないかと。
僕は何度もかけよっていった。
でも、そのたびに、はねとばされた。
僕の攻撃をしてないから、ターンは僕で止まったままだ。守るはターンに関係なく起こる反射行動のようだ。
うう、頭がクラクラする。
このままだと、また倒れちゃうな。
どうしよう?
どうしたら、わかってもらえるんだろう?
そうだ。僕に攻撃の意思がないと示さないと。僕がだまし討ちして、子鹿を傷つけると思ってるから、山びこは僕を近づけてくれないんだ。
僕は精霊王のレプリカ剣をさやに戻した。さらには、さやにおさめた剣と盾をその場に置く。
「かーくん! 何しちょうで? 危ないよ。早に攻撃さんと!」
「いいんだ! 僕に任せて」
近づいてこようとするアンドーくんをとどめる。どっちみち、アンドーくんはもう攻撃の順番が終わってるから、回避行動しかとれないんだけど。
僕はゆっくり山びこに近づいていった。
「ほら、山びこ。僕は攻撃しないよ。僕を信用してくれないかな?」
僕のなかに山びこの記憶が流れこんできた。まだここに山があったころ、たくさんの森の動物たちが元気に、幸せに暮らしていたときの光景が。
春の花が咲きみだれ、それを食べるイノシシの親子や、新芽をかじるリス、冬眠の巣穴から出てきて、山野をかけめぐるクマ、お母さんのあとをけんめいについてまわる子鹿の姿が、せきを切ったように次々にあふれてくる。
山びこが彼らをほんとに愛し、慈しんでいたことが、ジンジンとしびれるように伝わった。
あのころに戻りたいと山びこは泣いていた。
「……ごめん。ほんとに、ごめんよ。僕にはこの場所をそのころのように戻す力はないよ。だけど、君の守ってる小さな命を引き継いで守ることはできる。僕を信じてくれないかな?」
両手をひろげて、じっと見つめていると、山びこの姿は薄れて消えた。
信頼してくれたんだね。
僕は倒れている子鹿を抱きしめた。
戦闘には勝ったんだろうか?
でも、むしょうに胸の奥の痛む結末だった。
*
山びこは消えるとき、僕に何かを手渡してくれた。ぼうっと光る澄んだグリーンのボールのようなものだ。
でも、それは気がつくと消えていた。
なんだかわからないけど、とにかく旅は再開だ。
車掌さんがやってきて、たずねた。
「お客様。この人たちはいかがいたしましょうか?」
ダルトさんたちのことだ。
「起きるとにぎやかなんで、王都につくまで、このままにしといてください。いつもあんな戦いかたしてると思えないので、王都にたぶん、仲間がいるんだと思うんです。その人たちに事情を話して引き渡してあげてくれませんか?」
「承知しました。列車の運行を助けていただきまして、まことにありがとうございます」
乗客が二人、お棺のままで乗りこむことになったけど、おかげで後半の旅は気ままだ。これでさわいで誰にも文句言われないぞ。
子鹿も水と薬草をあげると、すぐに元気になった。ケガも治った。窓の外に、じっと汽車をながめる大きな鹿が立っている。
「あッ! 車掌さん。ちょっと待って!」
僕はバンビをつれて草原に出ていった。汽車を見ていた鹿が警戒しながら近づいてくる。
やっぱり、そうだ。この子のお母さんなんだ。
僕は親子がおたがいの体をなめあい、嬉しそうに顔をすりつけるようすをながめた。
よかった。これでもう、子鹿は安心だ。
山びこもきっと本望だろう。
「バイバイ。元気でね〜」
鹿の親子に手をふって、僕は汽車にとびのった。
「じゃあ、車掌さん! 王都までよろしくお願いします」
「はい。当列車は終着駅シルバースターまでの直行となっております。皆さま、今しばらく列車での旅をお楽しみくださいませ」
走りだす汽車。
草原のなかを走りさっていくお母さん鹿と子鹿。
午後の日差しのなかにとけこむように遠くなっていく彼らを見送りながら、今の平穏がどうか長く続いてくれますようにと僕は願った。