第172話 奇跡よ、起これ!
文字数 2,062文字
ゴーレムの姿は、いつまでもゴーレムのままだった。何分待っても、人に戻るようすはない。
「なんで? なんでだよ? 兄ちゃん! 母ちゃん、もとに戻るんじゃなかったのか!」
僕はうろたえた。
なんでなのか、僕自身にもわからない。
ためらいがちに、アンドーくんが言った。
「もしかして、ナッツのお母さんはモンスターになっとった期間が長すぎたけんだない? サンディアナのときは、みんな、さらわれてから二、三ヶ月の人やつみたいだった」
そうか。モンスターに化身してる期間が長くなると、それほどモンスターの姿が定着してしまうのか。
「そんなッ! じゃあ、もう、母ちゃんは人間に戻れないの?」
ナッツの両眼からボロボロと涙がこぼれおちてくる。
「ちょっと待って!」
僕はスマホをとりだした。
子どもを泣かしといて、このままになんてできない。こんなときこそ、チート能力だ。ここで役立てないなら、なんのための力なんだ?
僕はゴーレム戦のいきさつを小説に書いた。
ゴーレムが倒れたあと、その姿はすぐさま人間に戻った。フェニックスの灰をふりかけると、ナッツのお母さんがまぶたをひらき、起きあがってきた——と、打ちこもうとした。
だが、そこでスマホの画面にエラーメッセージが浮かびあがる。
小説を書くのランクが低いため、書きこめない内容があります。
くそッ! なんでだ! なんで肝心なときに役に立たないんだよ!
僕のバカ! バカ、バカ、バカッ!
悔し涙があふれてくる。
僕の能力では、モンスターを生き返らせることや、ステータスに細工することはできるけど、人間の命を左右することはできないんだ。
ナッツが声をあげて泣き叫ぶ。
僕はただ、何度も「ごめん。ごめん」とくりかえすことしかできなかった。
そのうち、アンドーくんが言いだした。
「……ずっとここにはおれんよ。かわいそうだけど、ここを出ぇか」
そう。ここはダンジョンのなかで、危険なモンスターもいる。癒しの泉もないから、永遠に戦い続けることができるわけじゃない。
ナッツはそれでも十分以上、泣いていた。でも、やがて決心したように、木の実の首飾りを僕の手からとりもどした。ゴーレムの巨大な手の平に、そっと置く。
——と、どうだろう。
奇跡が起こった!
ゴーレムの姿がゆっくりと白くかすみ、そのなかから人の姿が現れてくる。ナッツによく似たソバカスのある髪の長い女の人だ。見た感じはゴーレムになりそうな体格ではない。むしろ、きゃしゃなくらい。変身するモンスターの姿は当人の魂の形らしいから、こう見えて豪快な女性に違いない。
「母ちゃん!」
きっと、想いの強さが僕のスキル能力を超えていたんだ。
ナッツの想い。お母さんの想い。
さっきとは違うあったかい涙が浮かんでくるのを、僕は感じていた。
*
ナッツのお母さんは人間に戻った。
でも、意識は戻らない。
フェニックスの灰を使っても、目をひらかない。
仮死状態のようだ。
きっと何か特別な方法が必要なのだろう。
「死んではいないみたいだ。うっすらとだけど脈がある。早く教会のあるところにつれていこう」
トーマスのときのように、ドラゴンのウロコとか、そういうイベントアイテムがないといけないのかも?
なんにせよ、これで希望は残った。
なんとかして蘇生させることはできるはず。
ナッツの表情も明るくなっている。
アンドーくんがナッツのお母さんを抱えて、僕らはさきに進んでいった。
人工物のなかからぬけだし、岩肌の洞くつのなかを歩く。
しばらく行くと、前方に光がゆれた。
あの光だ。ゴーレム戦に突入する前、僕が人魂だと思った怪しい光。
でも、近づいていってよく見ると、どうもそんなものじゃない。
あれは……カンテラの明かりでは?
この洞くつのなかに誰かいるのか?
さらに近づいていく。
すると、歌が聞こえた。
やけにハイホーハイホーと言っている。カツン、カツンと岩をけずるような音もする。
「あの脇道のなかだね」
「うん。そげだね。行ってみぃか。人がおったら出口を教えてもらえぇよ」
廃墟はその昔、立派なお城だったようだ。近くには今も村があるのかもしれない。この下水道、地下部分で村の洞くつとつながっているのかな?
僕らはようやく地下の暗闇をぬけだせる喜びで、疲れも忘れて走っていった。
脇道は坑道のようだった。
金鉱かな? それとも炭鉱? 宝石かもしれない。
坑道なので天井が低いが、なんとか、かがんで歩いていける。
遠くに人影が見えた。
やっぱり人がいたんだ。よかった。
「おーい。おーい。助けてくれませんか? 外に出たいんです。出口を教えてもらえませんか?」
大声で呼びかけた僕はビックリした。
人影が小さいから、まだまだ離れたところにいるのかと思ったのに、その人の声は思いがけず、かなり近くから聞こえたからだ。
「クピピ? ピッピコクピコピ?」
ん? こ、これは……この難解な言語は、コビット語では?
ふりかえったその人は、まさしく小人。身長五十センチほどの小さな人だった。