第316話 帰ってきたイケノくん
文字数 1,421文字
僕らはイケノくんちに訪ねていった。
アンドーくんの実家とは目と鼻のさきだ。
「こんにちは〜。おばさん。セイヤくんいますか? こっちに帰っちょうげなね」
小さな赤い屋根の民家の玄関口で、アンドーくんが声をかける。
すぐに奥から人が現れた。四十代くらいの小柄な女の人だ。永遠の童顔。ずっと中学生くらいに見える女優さんみたい。
イケノくんもアンドーくんもお母さん似なんだな。イケノくんも童顔だから。
「あらあら、いらっしゃい。あんた、ミツルくんだ? ガイになったねぇ。元気にしちょったで?」
「はい。おかげさまで」
などのご近所づきあいがあったあと、イケノくんのお母さんは居間に向かって声をかけた。
「セイヤ。あんたの友達が来らいたよ。アンドーさんとこのミツルくんと、もう一人はかーくんだとね」
まさか、ほんとに帰ってるのか。
イケノくん。
ドキドキしながら待っていると、奥のドアがひらいて人影が現れる。
お母さんとよく似た小柄なシルエット。
薄暗がりのなかから光のあたる玄関までやってくる。
まちがいなく、それはイケノくんだった。
もしかして、ヤドリギにあやつられてるのか?
野生のイケノくんが現れた! とか、テロップが流れるのかな? あっ、魔王軍だから野生じゃないのか。
なんて考えてたんだけど、イケノくんはニッコリ笑った。
「よう来たね。ミツル。あがってごしなはい。そっちの人はミツルの友達?」
あっ、そうか。
正気に返ったとき、アンドーくんは僕のこと覚えてなかったもんな。
イケノくんもこっちの世界では僕を知らないんだ。
それにしても、こうして見たところ、イケノくんのようすにおかしなところはない。もう、あやつられてないのかな?
僕はアンドーくんの脇腹をひじでつついてみた。
アンドーくんは察してくれた。
よかった。
「……セイヤ。前に、わといっしょに王様の命令で役目についちょったこと、覚えとう?」
「えーと……たしか、らんらん姫を探す任務?」
探すというか、暗殺じゃないのか?
いや、僕らが出会ったときには、蘭さんの妹のスズランを誘拐しようとしてたんだけど。
「うーんと、それもああけど、ほら。二人で祈りの巫女を探しちょったがね?」
「そげだった? 覚えちょらんわ。なんか知らんけど、この前、道端で倒れちょったらしくて。その前のことは、よくわからんことがああけん」
そうなんだ。倒れてたのは、たぶん、僕らと戦ったあと、戦闘不能になったからじゃないかな。
ということは、僕らの前から逃げ去ったあと、自然にヤドリギのカケラがぬけだして、そのまま倒れたってこと?
そうならいいんだけど……。
そのあと、僕らはイケノくんの部屋に通されて、お母さんの出してくれたお茶を飲みながら歓談した。
イケノくんは路上で倒れてるところを人に助けられ、ケガが治ったので最近になって実家のあるこの村に帰ってきたんだそうだ。お城でのことは記憶が薄いけど、子どものころのことはちゃんと覚えてる。
お城ではヤドリギにあやつられてたからじゃないのかな?
どうやら問題なさそうだ。
明日の朝、ワレスさんに相談して、イケノくんの今後の身のふりかたを考えよう。
「じゃあ、今夜はもう帰えわ。また明日」
「またね。イケノくん」
「うん。またね」
僕らは笑顔で手をふるイケノくんに見送られて、アンドーくんの実家まで戻った。
このときは、すっかり安心してたんだよね。
まさか、あんなことになるなんて……。