第305話 出立前夜

文字数 1,319文字



 その夜のことだ。
 いよいよ明日には出発だと思うと、僕は緊張して、なかなか寝られなかった。
 転移魔法を使えば、ボイクド城にも飛んで帰ってこれるかもしれないけど、わかんないからな。前の廃墟の研究所みたいに、転移魔法がきかない変な場所になってる可能性もある。
 そしたら、一回なかへ入ったら、悪のヤドリギを倒すまではミルキー城から出ていけないかもしれない。

 寝返りを打つと、窓の外はキレイな月夜だ。
 寝られないので、僕は外に出てみた。裏庭を歩きまわっていると、噴水の近くに先客がいた。
 一瞬、オバケかと思ったが、違う。よかった。というかさ。僕の憧れの英雄だよ〜

「寝られないのか?」

 ふりそそぐ月光にブロンドを輝かせて、彼は声をかけてきた。
 昼間に見ても想像を絶する美形だけど、月の光のもとで見ると、もう夢のなかの産物としか思えない。
 あっ、夢だったかって、いったいこのツッコミは何度めだ?

「ワレスさんも緊張するんですね?」

 ははは、とワレスさんは笑う。

「おれは嬉しいんだよ。ようやく、ミルキー城に乗りこめる。四天王の一体を討てるかもしれない」

 ああ、自分に自信のある人は違うなぁ。
 僕なんか貯金一千億超えになって、一回の小銭拾いで十億ずつ拾う勢いなのに、まだ安心できないんだよなぁ。
 なんとなく何かをやり残したような気分は、はたしてなんだろうか?
 こんなとき、いつもなら兄ちゃんがとなりにいて「大丈夫だよ。平気。平気」って、僕の背中をたたいてくれるんだけどな。

「今のおまえの力なら四天王とも互角にやりあえるさ。さあ、帰って、もう寝ろ」

 ワレスさんはそう言って、噴水の石組みから立ちあがった。去っていこうとするので、なんとなく名残おしい。
 僕はよびとめた。
 恋する乙女のような僕。
 でも、自分の小説のなかで一番、愛着のあるキャラクターが目の前にいるんだよ。小説書いてる人なら、この気持ち、わかってくれるはず。

「ロランには精鋭をつけてくれるんでしたね。クルウは別動隊だから、ハシェドかなぁ?」

 ワレスさんの部下や友人として小説に出てくる人物は、この城のなかで何人も見かけた。ホルズとか、ドータスとか。サムウェイ隊長とか、アトラー隊長とか。
 なのに、ワレスさんがもっとも信頼する腹心の部下であり、親友でもあるハシェドを、まだこの城のなかで一度も目にしたことがない。
 だから、なんとなく気になって聞いてみたんだけど……。

 その瞬間、ワレスさんの青い蝶のような瞳が、ピカリと底光りする。
 ワレスさんは険しい表情で近よってくると、僕の胸ぐらをつかみあげた。

 ギャー! 超絶美形に胸ぐらつかまれたー! 近い。近すぎる。
 男でもドキドキするよぉー。

「おまえ、何者だ?」
「はっ? かーくんですけど」

 本名は東堂薫!
 京都在住のアパレル店員だよ〜
 兄ちゃんの探偵事務所の助手でもある。

 すると、どうしたことだろう?
 あれほど何事にも動じないワレスさんの顔色が、やけに蒼白になった。月光のせいでもともと青ざめて見えるのに、血の気が失せた彼は、何か人ではない神秘的な生物のようだ。

 ワレスさんはつぶやいた。

「まさか……

なのか?」

 うーん? おまえもとは、何が?
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

東堂薫(僕)

ニックネームは、かーくん。

アパレルショップで働くゆるキャラ的人間。

「なかの人、しまねっこだよね?」とリアルで言われたことがある。

東堂猛(兄)

顔よし、頭よし、武芸も達人。

でも、今回の話では何やら妙な動きをしている。

九重蘭(ここのえらん)

同居している友人……なのだが、こっちの世界では女の子?

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み