第93話 キミ(天職)に決めた!
文字数 1,713文字
お祈りの祭壇に立つスズランさんの前に僕は歩みよった。
「転職……違った。僕を天職につかせてください! お願いします」
「天職、ですか?」
「はい! 僕の天職。それは商人です!」
ああっ、言っちゃった。
つい自分の欲に走っちゃった。
まあ、傭兵呼びができるようになれば、つねにモンスターに大ダメージを与えられるようになるし、必ずパーティーの役には立つ。
そのあとすぐに、プリーストに転職すればいいんだ。
「わかりました。では、かーくんさん。商人の気持ちで神に祈りなさい」
「はい。商人の気持ちになりきります」
僕は両手をあわせ、目をつぶって祈った。商人の気持ちを原稿用紙十枚ぶんくらい、みっちり妄想した。
そのあいだに僕は丁稚奉公から始まって、一代で財を成す大商人になった。株式も上場され飛ぶように売れた。世界のかーくん商店。かーくん財閥。素晴らしい。
ふふふ、ふふふと心のなかで笑っていると、チャララチャーンと効果音が鳴り、僕は商人の職にぶじにつけた。
ハッ! まだ妄想だった。財閥は露と消えた。いいんだ。どうせ商売しなくても小銭拾えるから、お金はめちゃくちゃたまるんだ。
これで僕は今から商人だ。
わりと現実の職業に近いものになってしまった。
現実の特技を活かしてるんだから当然か。
「じゃあ、これで全員、職につけましたね」と、蘭さんは言ったんだけど、そのとき、スルスルと火の玉が飛んできた。
たまりんだ。
何度見ても、ドキッとする。
火の玉、心臓に悪い……。
「…………」
あれ? スズランの前に立って(浮かんで)、なにやら祈っているような?
と、応えるようにスズランが口をひらいた。
「では、たまりんさん。僧侶の気持ちになって神に祈りなさい」
「…………」
チャララチャーン。
「えっ? マジで? 職につけたの? なんで?」
「わかりませんが、たまりんさんは、かつて人間だったからかもしれません」
火の玉。それは人魂とも言う……。
ちょい怖いよ。
たまりんは、そういえば、レベル1のときに、すでにMPが10あった。きっと魔法使いむきなんだ。オール1と2の成績のなかでは、知力だけ唯一3だったし。
たまりんは今、レベル8になっていた。
HP25、MP40、力5、体力5、知力30、素早さ5、器用さ10、幸運1。
かたよってるなぁ。
やっぱりMPと知力だけが高い。
典型的な魔法使いタイプ。
しかも、幸運がまったく成長してない。極端に運が悪いキャラだ。まあ、死んでるからな。それが死亡の原因かも……。
マジック
冷たくなれ〜(°▽°)
呪ってやる〜(๑꒪ㅁ꒪๑)
呪ってやる〜の顔文字が怖いんだけど。白目むいてるし、よく見たら、ほっぺのマークが呪いの“の”だ。恐ろしや。
得意技は以前と同じだ。
「これで今度こそ全員ですね」と、スズランさんが笑った。
ああっ、美少女の笑顔!
微笑みかえした蘭さんのそれは、少しさみしげ。
「じゃあ、僕らは出発するよ。スズラン。元気で」
ああ、そうか。お別れだからか。
出立のときはスズランさんとの別離を意味している。
スズランは何か言いたそうに蘭さんを見つめる。
よく似た顔の美男美女が、じっと見つめあうのって、なんだか妖しいふんいきだなぁ。
「スズラン……」
「お兄さま……」
「元気でね」
「はい。お兄さまも……」
あきらかに別れが悲しそうだ。
スズランちゃんもいっしょに来ればいいのに。
すると、そこへ師匠のマリーさんがやってきた。
「スズラン。ほんとはおまえも旅に出たいんじゃろ? 行きなさい。行って、その目で広い世界を見てきなさい」
「でも、お師匠さま」
「ほれ、このとおりじゃ。ババがすっかり元気になったでの。祈りの仕事はわしがやるわい。そなたは行くがよい。きっと、そなたのために良き経験となるじゃろう」
「あ……ありがとうございます! お師匠さま!」
ほんとに、ありがとうございます!
お師匠さま!
僕も弟子入りしちゃおうかな。