第63話 人さらいA

文字数 1,811文字

 素早さ特化モンスター。
 いや、魔物じゃないから、モンスターじゃないのか。エネミー。そう。正しくはエネミー。

 これまで相手にしてきたのは、力技だったり、毒攻撃だったり、仲間を呼んで大きくなったりはしたものの、素早さは普通だった。
 素早さにおいて、蘭さんに叶う相手はいなかった。
 でも、今回の敵はとにかく速い。

 Aが呪文を唱えるや否や、Bが刀身の短い短剣で切りつけてきた。両手に一本ずつ短剣を持って、二回攻撃だ。

 僕はあわてて逃げようとして、鉄の盾を前につきだしたまま尻もちをつく。
 イテテ。カッコ悪い。
 でも、そのおかげで、ぐうぜん、敵の攻撃をよける形になった。ジャリン、ジャリンと、鉄の盾の表面を刃がなでる。
 敵はチッと舌打ちをついて、とびのく。
 蘭さんが素早いおかげで、敵も二回行動までしかできないようだ。

 次は僕らの番だ。
 このゲーム、ターン制で、ほんとよかった。じゃないと、これがリアルな戦闘なら、僕はさっきのあいだに追い打ちをかけられて、あっけなく喉をひと突きされてる。

 蘭さんの番だ。
「みんな、がんばろ〜」

 うん。僕、がんばる。
 なんで顔がニヤけちゃうのかなぁ。

 そして、ドラゴンテイルが鳴った!
 蘭さんと敵の素早さは行動回数から言って互角だ。
 敵もかわすことができずに、ビシリと鞭の洗礼をくらう。

 そのときだ。
 ちなみに鞭のえじきになったのは、人さらいAだったんだけどさ。
 蘭さんの鞭が当たった瞬間、人さらいAの顔を覆う黒い覆面みたいなのが外れた。

 僕は思わず、「ああーッ!」と大きな声をあげてしまった。
 それは、知っている人だったのだ。


 *

「安藤くんッ? 安藤くんじゃん! 何してんのっ? なんで、人さらいなんかしてるの?」

 そう。それは、またもや僕の小説のなかの登場人物であり、脇役の安藤くんだ。奥出雲で実家の農業を手伝ってる朴訥(ぼくとつ)な青年だ。ちなみにその村の松潤との呼び名を持っている(僕がつけた)イケメンだ。
 興味があるなら、『東堂兄弟の探偵録 出雲御子編〜第一話 不自然なトカゲ〜』を読んでほしい。いや、宣伝ではない。宣伝ではないが、オカルトミステリーだ。

 そうか。人さらいAの“A”は安藤のAだったのか。

「知りあいですか? かーくん」
「うん。僕の友達。ほんとは心優しい青年なんだよぉ。悪いことなんてできる人じゃないのに」
「じゃあ、説得できるかも。次の僕のターンまで待ってください。なんとか一ターンしのいで」
「わかった」

 なんだか、安藤くんの目つきが邪悪だ。安藤くんらしくない。
 そうだよな。ふだんの安藤くんなら女の子に手なんてあげないし。

 三村くんのブーメランは、またもやハズレ。サッ、サッとかわされた。
 彼ら、さっきのターンで素早さ上がっちゃってるからねぇ。

 順番から言って、次は僕の番だ。
 僕は破魔の剣をふりかざそうとした。
 けど、できない。
 何かが僕の行動をとどめている。
 変だな。

 すると、ぽよちゃんがギュッと目をとじた。
 あれ? なんで? ぽよちゃん、僕のあとだよね?

 ステータスを見ると、ぽよちゃん、いつのまにかレベル13まで上がってる。
 仲間モンスターはそういえば、仲間になるとレベルが1に戻るんだよな。
 ぽよちゃん、仲間になってすぐに死んじゃったから、初期ステータスを確認してなかった。

 あらためて見なおすと、
 HP63、MP25、力20、体力15、知力30、素早さ50、器用さ40、幸運60。

 マジック
巻きで行こう〜( ̄^ ̄)

 得意技
 ためる
 はねる
 聞き耳

 ウサギっぽい得意技だなぁ。
 得意技はまだ、ためるしか使えない。
 ん? この目をギュッと閉じた顔文字……もしや?
 巻きで行こうって、さっき安藤くんが使った素早さを上げるやつじゃないか。

「ぽよちゃん、さっき呪文使った?」
「キュイ」
「やっぱりそうか。えらいぞ」

 ぽよちゃんは力をためられるだけじゃないんだ。魔法で素早くなることができる。

 いや、なにげに気づいたんだけど、ぽよちゃん、もう僕の素早さをぬいてる。ウサギだからな。素早さの数値に特化してるんだ。
 これまではレベルが低いから僕より順番遅かっただけか。そういえば、さっきレベルアップしてた。あのとき、ぬかれたんだな。
 じゃあ、これからは僕がターンのトリなのか。なんか、さみしい。

 とにかく、僕の順番だ。
「破魔の剣〜」

 小さい炎のあと、人さらいBが襲いかかってきた!
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登場人物紹介

東堂薫(僕)

ニックネームは、かーくん。

アパレルショップで働くゆるキャラ的人間。

「なかの人、しまねっこだよね?」とリアルで言われたことがある。

東堂猛(兄)

顔よし、頭よし、武芸も達人。

でも、今回の話では何やら妙な動きをしている。

九重蘭(ここのえらん)

同居している友人……なのだが、こっちの世界では女の子?

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