第294話 ほろ布が手に入らない
文字数 1,640文字
「これじゃ通れませんよ。オンドリヤさん。あきらめて村へ帰りましょう」
蘭さんが微笑むと、オンドリヤさんは機嫌をなおした。
「おぬし!」
「は、はい?」
勢いこんでるんで、何を言いだすかと思えば、
「おぬし、女装男子じゃな!」
「え、ええ、まあ。わけあって」
ちなみにドレスの下に精霊王のよろいを着こんでる。
「麗人じゃな。これほど美しい男を見たのは、おぬしで二人めじゃわい。目の保養じゃあ。ありがたや。ありがたや。寿命が延びたわいなぁ」
気になったんで、僕は口をはさんだ。
「一人めは誰ですか?」
「王都のワレス隊長じゃ。ええ男じゃったなぁ」
おばあさん、両手を組んで乙女っぽい仕草をした。
「へえ。ワレスさんも、ほろ布を頼みに来たんですか?」
「そうじゃ。軍隊用に魔法のほろ布を大量注文してきたことがあっての。金払いはよかったんじゃが、二十枚はちと重労働じゃったもんでな。わしのモチベのために王都一の美男子をよこせと言うたんじゃ。美男子がおねだりしてくれたら受けてしんぜようとな。そしたら、やってきたのがあの隊長じゃった。夢の一日デートじゃったわい」
「…………」
ワレスさん。苦労してるな……。
「じゃあ、ウールリカの羊毛が手に入ったら、僕らのためにも布を織ってくださいますか?」
蘭さん、『甘える』を使ってる!
絶対そうだ。
目のキラキラ感が違う。
オンドリヤさんは喜んで引き受けてくれた。ただねぇ。現状、羊毛がないんだよな。
とにかく、脱出魔法アイテムで、トンネルの外まで戻ってきた。
「あっ! お師匠さまっ! ご無事で何よりです。それはもう心配してたんですよ。途中ではぐれてしまったから」
入口で待ってたデシミルさんが、もみ手をしながら近づいてきた。
うーん。ショップ店員の僕ですら、したことないほどの見事なもみ手。ある意味、見習わなくちゃいけないのかも。
「えーい! この軟弱者めがー! カアーッ! おぬしはそんなことだから、いつまでたっても成長せんのじゃー!」
オンドリヤさんのチョップが華麗に舞った。たぶん、二、三十回は。
強いな。このおばあさん。レベルは60くらいか?
デシミルさんはボコボコにされて、地面にゲフッてる。
「おおっ、明るいところで見ると、いっそう麗しいのう。おぬしのためなら、最高の布を織ってしんぜよう。また村に来なされじゃ」
「……み、みなさん。師匠をつれてきてくださり、ありがとうございました」
「カアーッ! おぬしは特訓じゃあー!」
「なんで機織りがモンスターと戦えなくちゃいけないんですか! おかしいですよ。師匠」
「カアーッ! 口答えするでない!」
にぎやかに罵りあいながら、オンドリヤさんとデシミルは村へ帰っていった。あの調子なら送っていく必要はなさそうだ。
僕らは日が暮れるまで、そのあたりで職業ランクを上げるために戦い続けた。あたりが薄暗くなるころ、ようやく、僕は遊び人から解放された。
「ヤッター! 『賭けてみる?』おぼえた〜! やっとこれで盗賊になれるよ!」
「僕も魔法使いマスターしました。後衛援護スキルを習得するためには、僕は武闘家にならないといけないのか。魔道戦士のほうが上級職だから、補正数値が高いんだけど。どっちになろうかなぁ?」
「ロランはとりあえず弓使いになれるように、特訓のあいだは下級職についといて、ミルキー城に乗りこむときに上級職になればいいんじゃないの? そしたら職業スキルをたくさん持った魔道戦士になれるよ」
「そうですね。じゃあ、あとは盗賊と武闘家をマスターします。でも、盗賊になるには、まず商人と遊び人をマスターしないといけないんですよね?」
「うん。詩聖になるにも遊び人が必要だし、遊び人をきわめないと後衛援護スキルが使えないんだねぇ」
「じゃあ、さきにネックの遊び人を終わらせようかな」
と言って、蘭さんはスズランの前に立った。が——
「あ、あれ? どうしよう? 僕、遊び人になれないみたいです。あっ、商人にもなれない」
えっ? どういうこと?