第38話 いざ、マーダー神殿へ

文字数 1,594文字



 僕らは宿屋に帰った。
 蘭さんが退屈そうに待ちわびている。

「ごめん。ロラン。遅くなった」
「ほんとですよ。すぐに朝食を食べて出発しましょう。ところで、そちらのかたは?」
「僕の兄ちゃんだよ。猛って言うんだ。山を越えるまで、ついてきてくれるんだって」
「そうですか。よろしくお願いします」

 そう言って、蘭さんは手をさしだした。ところが、兄ちゃんと握手をかわした蘭さんは、しかめっつらをして、じっと自分の手を見つめている。
 猛の静電気でもくらったかな?
 兄は尋常じゃない静電気体質なのだ。

「ロラン。ビリッとしたの?」
「えっ? ええ……まあ。さ、食事にしましょう」

 小村の素朴なジビエ料理を食べた。
 なかなかの味だった。
 兄ちゃんはあいかわらず、僕の肉をとる。

「ああ、懐かしいな。久々にかーくんの肉だ」
「何やってるんだよ! 僕のイノシシ返せ!」
「ないよ。もう食った」
「兄ちゃんのバカ、バカ、バカ!」

 いったい、これまでの人生で何百万回くりかえされただろう、このやりとり。

 それが終わると、いよいよ出立のときだ。
 僕らは村の出口から北にそびえる雄大な山脈をながめる。

「すごく大変そうだねぇ」
「モンスターも強なるしな。油断でけへんで」
「でも、ここを越えないとボイクド国へは行けません」
「そうだね。よし、行こう!」
「キュイっ」

 僕らはふもとの村を出て、山麓(さんろく)に広がる樹海へと足をふみいれた。


 *

 樹海——
 そこは鬱蒼(うっそう)と茂る木々の枝が何重にも重なり、昼でも薄暗い。
 いかにもモンスターとか、オバケとか、オバケとか、オバケとか出てきそうなんだよな……。

「こ、怖い……ここ、絶対いるよ」
「いるって何が?」と、兄ちゃん。
「自殺した人の霊とか、遭難した人の霊とか、モンスターにやられた人の霊とか……」
「全部、オバケじゃないか。かーくんはあいかわらずだなぁ」

 ハハハと笑いながら、猛が僕の髪をクシャクシャにした。
 いいなぁ。兄ちゃんがいるって。たよれる。この安心感はゆるぎない。オバケが出てきても、きっと猛が追いはらってくれる。

 それにしても兄ちゃんのパラメータが見れないのは、なんでだろう?
 ちゃんとした仲間じゃないんだな。
 まだ、仲間ノンプレーヤーキャラに近いのかな。

 モニターを確認すると、職業は“謎の青年”となっていて、数値は全部ハテナ。
 装備品は黒金(くろがね)のよろい、黒金のかぶと、黒金の盾、黒金の剣、黒金のブーツになっている。黒金シリーズだ。
 (かぶと)かぶってないのに、かぶってることになってるのか。不思議だなぁ。
 あと、装飾品として、皮のマント。
 外からだとマントしか見えない。

「兄ちゃんって強いよね?」
「もちろん。めちゃくちゃ強いぞ」
「ふうん。レベルは?」
「25だ」

 レベル25なら、強いと言っても、僕らとそんなに大差はないはずだ。たぶん、兄ちゃんは現実世界でも武芸の達人だから、そういうスキルとかで、かなり戦闘に特化してるんだろう。基本数値の伸びもいいんだろうな。力とか、体力とか。

 でも、たぶん、レベル47のワレスさんと対戦したら、あっけなく負ける。
 レベル22の差はそれほど大きい。
 勇者の蘭さんだって、今の段階では、ぜんぜん弱っちいってことだ。

「ああ……早く樹海、ぬけないかな。暗いのはヤダなぁ」
「かーくんはオバケが嫌いなんですね」
「ハッキリ言わないでよ。ロラン」
「可愛いなぁ」

 もと女装王子に言われたくない。

 そのとき、とつぜん、目の前に何かが、ツウ——っとたれさがってきた。

「出た! オバケェー!」
「オバケじゃないよ。かーくん。モンスターだ」

 も、モンスターでしたか。
 戦わなくちゃ。
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登場人物紹介

東堂薫(僕)

ニックネームは、かーくん。

アパレルショップで働くゆるキャラ的人間。

「なかの人、しまねっこだよね?」とリアルで言われたことがある。

東堂猛(兄)

顔よし、頭よし、武芸も達人。

でも、今回の話では何やら妙な動きをしている。

九重蘭(ここのえらん)

同居している友人……なのだが、こっちの世界では女の子?

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