293 それでも桜は咲くんです ‐1st part‐
文字数 1,229文字
新年度がスタートしたキャンパスは、軽く妬気を覚えるくらいに生新な各学部の新入生と、明暗を截然 と分ける、希望学科へ進めなかった文科学部の三年生ばかりが目についた。
もし、ここに理工学部の専門課程までがあったなら、いくら研究棟前のソメイヨシノが今年も見事に咲き誇ろうとも、もはや春めいた清清しさなど、微微ともカンジられなかったことだろう。
先ほど、総合体育館を出た所で見かけた筌松と上婾さんからして、声をかけるのを諦めてしまったほどだからねぇ。
とても春愁 などといった表現では、お茶を濁しきれそうもない、その倦み疲れた表情は、鬱 悒 と放たれるオーラで褪色しているかのようだった。
早くも彼女たちは、ゼミを巡る自己PR合戦に、心身を腐らかせているに違いない。
さて、ではそろそろオレも、空いているであろう事務局へ、学生証の更新に参るとしましょうか──。
これは、附属あがりでも、運動部に所属していた者のみが知る裏ワザ。
あらかじめ事務局に電話を入れて、体調がすぐれないとか、やむを得ない事情で今日の手続きに遅れると断っておけば、新しい学生証は別個にしてもらえる。
よって、ワザワザ更新のために割りふられた教室へ行くことも、そのあと立ち話でざんざめきごった返す廊下で、明王どもなんかと顔を合わすこともなく、悠悠と事務局で受けとりを済ませられる。
学生会館のラウンジをあとにして、二号館の裏を本館へ向かっていると、こちらにやって来る葉植さんを発見。
本日もしっかりとリュックを背負いながら、ブレザースーツにゴールドのアスコットタイ、足元もピッカピカの黒革靴という、実に似気ない出で立ち。
しかも、その全てがメンズと言うか、ボーイズと言うべきか、きちんと男物のつくりみたいだ……。
でも、ペンギンを思わせる歩き方と、毛先が揺れ返している艶艶ワンレングスのヅラは、紛れもなく葉植さん以外の何者でもない。
そして、オレが自然に声をかけられる距離まで急くまでもなく、葉植さんの方からオレに気づいて、バタバタと駆け寄って来てくれた。
「楯クン遅よー。教えてもらったとーり、全然待たずに学生証をゲットできたー。ありがとねー」
よかったぁ。正真正銘、大学生になっても葉植さんだ。また、口調まで正されちゃっていたら、どうしようかと思った。
「でしょ。オレの方も
ロッカーも、数が充分ではないので、申し込み日には、夜明け前から並ぶ者もいるくらい毎年の争奪戦が必至だ。
なので、鍵の差し出し方も、チョットばかり粛然としてしまう。
「重ね重ねありがとー」
「これでもう、新年度の面倒事はお終いだから。あとは研究会やサークルのしつこい勧誘にだけ気をつけて。葉植教授の孫だってバレたら絶対に離してもらえないよ。とにかく何かあったらスグ電話して、相手が誰だろうとオレが間に入りますから」
「まーいろいろとヨロシクね~、楯クン先輩ー」
もし、ここに理工学部の専門課程までがあったなら、いくら研究棟前のソメイヨシノが今年も見事に咲き誇ろうとも、もはや春めいた清清しさなど、微微ともカンジられなかったことだろう。
先ほど、総合体育館を出た所で見かけた筌松と上婾さんからして、声をかけるのを諦めてしまったほどだからねぇ。
とても
早くも彼女たちは、ゼミを巡る自己PR合戦に、心身を腐らかせているに違いない。
さて、ではそろそろオレも、空いているであろう事務局へ、学生証の更新に参るとしましょうか──。
これは、附属あがりでも、運動部に所属していた者のみが知る裏ワザ。
あらかじめ事務局に電話を入れて、体調がすぐれないとか、やむを得ない事情で今日の手続きに遅れると断っておけば、新しい学生証は別個にしてもらえる。
よって、ワザワザ更新のために割りふられた教室へ行くことも、そのあと立ち話でざんざめきごった返す廊下で、明王どもなんかと顔を合わすこともなく、悠悠と事務局で受けとりを済ませられる。
学生会館のラウンジをあとにして、二号館の裏を本館へ向かっていると、こちらにやって来る葉植さんを発見。
本日もしっかりとリュックを背負いながら、ブレザースーツにゴールドのアスコットタイ、足元もピッカピカの黒革靴という、実に似気ない出で立ち。
しかも、その全てがメンズと言うか、ボーイズと言うべきか、きちんと男物のつくりみたいだ……。
でも、ペンギンを思わせる歩き方と、毛先が揺れ返している艶艶ワンレングスのヅラは、紛れもなく葉植さん以外の何者でもない。
そして、オレが自然に声をかけられる距離まで急くまでもなく、葉植さんの方からオレに気づいて、バタバタと駆け寄って来てくれた。
「楯クン遅よー。教えてもらったとーり、全然待たずに学生証をゲットできたー。ありがとねー」
よかったぁ。正真正銘、大学生になっても葉植さんだ。また、口調まで正されちゃっていたら、どうしようかと思った。
「でしょ。オレの方も
はい
これ、また裏ワザを使って、学生会館のロッカーの鍵をゲットしときました」ロッカーも、数が充分ではないので、申し込み日には、夜明け前から並ぶ者もいるくらい毎年の争奪戦が必至だ。
なので、鍵の差し出し方も、チョットばかり粛然としてしまう。
「重ね重ねありがとー」
「これでもう、新年度の面倒事はお終いだから。あとは研究会やサークルのしつこい勧誘にだけ気をつけて。葉植教授の孫だってバレたら絶対に離してもらえないよ。とにかく何かあったらスグ電話して、相手が誰だろうとオレが間に入りますから」
「まーいろいろとヨロシクね~、楯クン先輩ー」