121 何かを奪い取られる握手をされた経験の有無 ‐1st part‐

文字数 1,044文字

  葉植さんへと、磁力吸引されるみたいに近づいて行くミラノさんから遅れまいと、オレもとまれかくまれ足並みをそろえて迫り寄せる。

 ──「奇遇じゃないですかぁ葉植さん、一体どんな心境の変化なんです?」

「エ? 何がー」

 そこで気がついたけれど、葉植さんはオレではなく、ずっとミラノさんに視軸を合わせていたようだ。

 すっきり奥二重の瞼で死んだサカナのような瞳をしている葉植さんなので、眼に明確な動きがなければ、近づいてもどこを見ているのかがはっきりしない。
 ついて来てはいたヴィーが、気配を消そうとするくらい葉植さんを意識しているように、葉植さんも意識しまくりってカンジで、艶消し気味の眼球をチロチロ~とミラノさんへ動かしている。

「何がって、渋谷なんか嫌いじゃありませんでした? それとも何か、やんごとない用事でもあるとか? 実はオレたちも、これから実にやんごとないモノを見に行くところだったんですよぉ」

 チョット意地悪だったかもしれないけれど、こんな余裕のない葉植さんも珍しいので、カマをかけてみたくなるのは許して欲しい。

「ンとねー。たぶんボク、道を間違ってるのー。だから好きでここにいるわけじゃーないよ」

「またまたぁ。家からここまで、道を間違い続けて来たって言うんですか? 別に、そうまで否定しなくてもいいじゃないですか」

「ホントだよー、井の頭線で来たんだものー。宙に浮いてる連絡通路を、帰りは渡りたくなかっただけなのにー」

「井の頭線? 教授にでも会いに行ってたんですか?」

 理工学部の専門課程は、井の頭線沿線の浜田山キャンパス。教授の私室や研究室もそこにあるから。

 ……葉植教授は、世界的ベストセラーとなった著書の評価から、今では哲学者みたいな認知をされている。
 けれども、元来は医学部出身の医学‐理学博士。三〇代でフランクリン賞とウルフ賞を受賞して、ノーベル賞の日本最年少記録を期待されていたのだが、それからが久しく、現在は理工学部の大学院に高次神経機能系の講座をもち、わかる人にしかわからない研究に(いそ)しんでいらっしゃる。

 教養課程にもスポットで講義や講演にやって来るけれど、休み中ともなれば、浜田山にいるしかないはずだ。

「違うよー。アムールヤマネコのついでに合格発表を見て来たの、井の頭公園までー」

「えぇっ。それじゃ、やっぱりウチの医学部受けたんですか。どうでした結果は?」

「受かってたー。そっか、お祖父ちゃんのトコに寄って、一緒に帰れば迷わなかったんだー」

 ゲゲッ、受かってたってぇ!
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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