033 ________________ ‐3rd part‐

文字数 1,442文字

 ムッシューのことはほとんど知らないに等しいから、オレの色眼鏡も余計な曇りが付いていない状態にあると言える。

 それで見た限りでは、

 有勅水さんはケチョンケチョンに詰りながらも、決してムッシューに最後通牒的な言葉を発しない。

 実は峻烈たる鍋奉行であった毛絲さんが、鍋の総仕上げにムッシューがうどんを勝手に入れるという暴挙にも眉ひとつ顰めず朗笑で許した。

 アーティストという職業ゆえに、徹底的にライヴァル視して、あらゆる対応が辛辣になるはずのセンパイでさえ、ムッシューの天性とも言えそうなグズつきっぷりを野放しにする。

 良くも悪くも、なんか意識しちゃっている相手を見かけると、気づかれない内に道を迂回してまで避けるこのオレが、ムッシューとは急いでいる朝に挨拶だけでなく世間話までしてしまう。

 一例ではあるけれど、オレが見てきたムッシューの無敵さだ。

 もしオレがムッシューと同様の言動をしたならば、それぞれから間違いなく手厳しい返報をされること間違いナシだからねぇ。

 自身の過去をチョット思い返してみても……向こうからオレを呼び止めて、延延と天狗話をしておきながら、待ち合せに遅刻しそうになったのをオレと出交したせいにされた経験数知れず。

 見ず知らず赤の他人からもよく道を尋ねられ、

と答えると、逆ギレされて不愉快な思いを幾度となく味わわされた。

 雑誌に載っていれば有名な場所で、港区で暮していたらオシャレな店を全て知ってて当然だと決めつけていやがる手合が多すぎだっ。

 自慢させてもらえば、オレは未だ東京タワーの展望室にさえ上ったことがないっ。パークサイドタワーの何階でケーキビュッフェをやってるかなんて知るもんか!

 時給の高さで引っ越しや警備員のバイトをすれば、説明も注意も受けていないことで古参からドヤされ、何かにつけ在栖川在栖川と嫌味タラタラ。
 在栖川の学生だからってエスパーじゃあるまいしっ、教えられていないことまでわかるかってんだ!!
 
 大体、オレの頭は良くなんかないっ。

 頭が良いってのは、オレが一〇年以上、その成長までもを間近で見せつけられてきた限りだと、とにかく解けと出される問題に対して

がないこと、だと思えてならない。
 だから何だろうが解こうとする、正解を出すために正しい解き方を探して選ぶ、嫌いがないから、その途中で嫌にもならず投げ出すことがない、ただそれだけ。
 そんなカンジ。ヘタをすれば

すらないんじゃなかろうか?

 無論、それが教科以外の問題となれば正解は一つではなくなるから、オレでさえ鼻で笑っちまうアホ回答を連発する場合もあったりする。きっとそこが個性と呼ばれるヤツで、幾つもある解き方からそいつが選びぬいた正解には違いないんだ。

 対してオレは好き嫌いだらけ。物心ついた頃からずっと、逃げもできずにイヤイヤながら勉強させられ続けてきだけだっ。
 いつも大っ嫌いな理数科目があたりまえに赤点で、優秀すぎる教科担当教師の意地とプライドだけでなく、昇格に絡む保身までが懸かった1оn1の補習授業をガッツリと強いられ続けて、それでギリもギリ、やっとこさ大学まで漕ぎつけたんだ。

 それに教養課程の二年間が終わっても、やっぱりオレの今の成績では在栖川の真骨頂、法学科や経営学科への専門課程になんか進めやしない。

 大学を運営する財団の厚遇必至と知られている就職斡旋も、既に絶対に受けられない。世間がやっかむような在栖川にいる意義なんか、オレにはまるでないってのに。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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