032 ________________ ‐2nd part‐

文字数 1,514文字

 そう。正直ドキドキしている、オレには今のムッシューの、見違えるような生色が鮮烈だった。
 たったそれだけで、ディース・S・天地という存在のポジションに惚れきってしまったみたいだぁ、もうゾッコンまでにっ。

 ……それは、オレの思いあがりかもしれない。
 センパイみたいにはなれないけれど、ムッシューのようにならオレもなれるんじゃないか? っていう。

 宝婁センパイの場合は、勿論、生来の勝気や骨っ節もあるんだろうけれど、早くもあの歳で大方のモノを得てしまっている強さなんだとオレは思う。

 祖父さんに両親、三人の姉さんとその旦那たち、その全員が医師でしかも職務に精勤ときている。
 センパイは後継ぎだけれどこの時代、大病院の経営者が医師である必要なんか全然ない。一族には弁護士や会計士、メガバンクの副頭取から厚労省の事務次官候補までがそろっているみたいだし。
 極論すればセンパイは、ただ宝婁の姓氏を残すだけで役目は果せてしまうだろう。
だからこそセンパイは自由奔放そうな人生を許されている。
 職業としてヤリ甲斐はあるものの家族に医者はもう充分、金で手に入る事物にも辟易してしまっていそうだからねぇ。

 そんな家庭環境で育ったセンパイに託されるのは、唯一

と呼ばれる愚にもつかないモノだけしか残っていないんだ。
 芸術方面を目指しているセンパイを、応援こそすれ誰も反対はしていない。
 大学をいつまでも卒業せずにいることからして、学歴でアーティストになれるわけではないと承知の上で黙認されているように思えるし。

 そもそもセンパイは決して不肖の息子ではないし、放蕩息子でもドラ息子でもない。
 藝術学部の美術学科へ転科できただけの素地もあるから、アーティストを目指すことに暴勇や無謀という形容辞も当て嵌まらないだろう。
 単に実現がとっても難しい道程を試行錯誤で歩んでいるだけのこと。

 言葉の綾ではなく、実正にセンパイの敵はセンパイ自身でしかないわけで、途中で何度挫折しようが投げ出そうが、完全に諦めない限りセンパイは負け知らずでやっていける。
 そういう意味でセンパイは強い。
 とてもじゃないけれど、全てにおいて凡庸なオレが手本にできる生き方では全くない。

 ならば、ムッシューの強さはどうかと言うと、不躾にも率直に表現すれば、こんな奴はワザワザ相手にすることもない、っていう類の無敵さだろうか? 

 その手の理由で周囲から疎んじられる原因は、オレもスグに幾つか挙げられる。
 単に見てくれが非常識なまでに突拍子もないとか、どこかなんか不潔だとか、無自覚ヲタクに代表されるパラノ的生態への嫌悪感もそうだ。
 葉植さんみたいな、垣間見られる嗜虐性って場合もあるだろう。

 まぁ一応ムッシューは、その時時のゆとりに応じた身嗜(みだしな)みはするようだし、初めて会った時のあの酷い格好も、仕事明けにそのまま眠り込んでいたところを、有勅水さんが至急と呼び出したためだった。
 でもそれも、大事な会議に間に合わせるためパジャマのまま出向くようなものだから、滅法キワドく突っパズレてることに変わりはない。

 けれどあのムッシュー、どうにも憎めないんだよねぇ。別れ際に手なんか振ってしまうくらい、なんかビミョ~に。

 厭嫌、疎外、爪弾、隔異、排斥……人を退ける言葉が幾つもある中、できるならオレは敬遠されたい。
 別に敬意なんかは要らないけれど、露骨に避けられるのではなく、せめて何かワンクッション欲しいんだ。
 それも、なるべくなら

は避けて

がベスト。

 なぜかと言うと、そこにはなんとなくまだ救われるモノが残っていそうだから……そう言う意味で、オレはムッシューみたくなりたいな。
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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