065 ___________________ ‐2nd part‐

文字数 1,617文字

 でも、しかしだ、大学の一般教養科目を他人に手とり足とり教わって、特待生している奴がどこの大学にいるって言うんだ?

 ヴィーだけは許せない、と言うより、ヴィーなんかよりも成績の悪い自分が死ぬほど許せない、断じて!

 おそらく、またあの熱血・ド・トリオが、課題レポート作成のためにやって来るはずだ。

 あの三人は司法試験までパスしているばかりか、ハーヴァードとスタンフォードとオックスフォードへもド、ド、ドっと留学して、政治学や経済学のPh⡀D⡀(博士号)まで取得しやがったそうだから、一般教養の延長となる究察ぐらい朝メシ前。

 課題レポートを審査するセンセたちが評価するツボも心得ていて、またもやヴィーを特待生にしちまうに決まってる。
 ウチから追い出したところで同じこと。ゴミ置きのデッキスペースからウチが見下ろせるという、高級な部屋の豪華なリヴィングで、例によって、濃密で肌理(きめ)こまやかなレクチャーがヴィーに施されるだけ。
 ひょっとしたら、トリオが仕上げたモノを、ヴィーがアップするだけだったりして……。

 オレに、そのダイレクトな妨害ができるわけもないけれど、切歯扼腕(せっしやくわん)するしかないなんてのもガマンがならない──。

 一応、手はある。
 でも実行する踏んぎりがつかない。やり遂げる気力も、自信も、全然不足しているように思えてならない……。

「あー楯クンだ。遅よ~、随分とこの前ぶりだねー」

「ぁあ、おはよう御座います……」

 チョット意外、葉植さんと、こんな大学の裏通りで出交わすなんて。

 しかし、ホントにこのコは夢中遊行、飄然漫歩(ひょうぜんまんぽ)
 まだ空気に凛冽(りんれつ)さが残る午前中から、何が愉しくてぶらぶら彷徨(さまよ)い歩いているのやら?

 オレが挨拶を言ったきりだったせいか、葉植さんは「ンー?」と小首を傾げつつ、その全身をセルフチェック。
 そしてコートの襟が気になったらしく、片手でなおしながら、イヌが自分の尾を追うみたいにモソモソとその場でも数回転した。

 今日の葉植さんの装いは、ハウンドトゥースのコートにデニムのフレアードスカート。いつもの踵を踏んづけ気味に履いているプロケッズまでが、リザード革っぽく模様が入るウェスタンブーツへと変わっていた。
 誕生日に、みんなで年相応のリュックをプレゼントしたのは大正解だったみたい。これで銀色の防災用リュックだったら、いくらこんなお上品な格好をしたって台ナシだもんね……。

「あ! 今日は新作のリリース日でしたねっ。有勅水さんが紹介してくれた店ってどんなカンジです? 行ってみるつもりではいましたけれど、って言うか、ウェブで宣伝してもらってるのに、本人が出歩いてちゃダメじゃないですかぁ」

「何ー? 忘れてたクセにー。けど大丈夫、来てくれそーな人はわかってるものー、午前中には来ないってこともね~。新しい作品の方は、並べ終わってるから問題なーいし」

「いやぁ~ホントすみません。今朝起きた時にはしっかり憶えていたんですけれど、つい忘れるくらいショッキングなことがありまして。でも、相変わらずなんですねぇ……あぁ、もしかしてウチに用でした?」

「違うー、ムッシュさんのトコー。お仕事忙しーみたいだし、終わったらスグ帰っちゃうんでしょー? だからこれを、差し入れと一緒に届けよーと思って。前に買ってもらったキャンドル、愛用してくれてる~って、楯クンゆってたでしょー?」

 毎度の無感情な顔、どちらかといえば言葉とは反対な不承顔なのに、いつになく奥床しいことを葉植さんはおっしゃる。

 オレへ、チョイと上げ見せる水虫薬の名称と

! との売り口上が入った手提げ袋からは、また何とも言えぬ、だんだら模様のキャンドルらしき塊が覗けた。

「今度の新作ですか? それをプレゼントしちゃうなんて気張ってますねぇ。前評判が好かったとか? さすがⅤ&MがサポートしてるECサイト、有勅水さんの勧めどおり、発表の場をウェブへ移したのは正解でしたね」
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登場人物紹介

登場人物につきましてはイントロ的に一覧で掲載しておりますぅ


当作は主人公:楯の一人称書きをしておりますので、本編内で紹介されるプロフィール情報のムラは、楯との関係性によるところが大きくなりまっす


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