056 _________________ ‐2nd part‐
文字数 1,574文字
奥の方から、何かを引っ掻いているような音が、小刻みに、しかしはっきりとオレの鼓膜を震わせる。
それにかまわず、ナフサさんは気配をコロすというよりも、自分の体を戸口にぶつけないための慎重さで、テント内へと踏み込んで行く。
いざという場合には助けてくれるんだろうけれど、あの何喰わぬ顔にチラつく戯笑は油断ならない。
触らぬ神に祟りナシと、一目散に逃げだしそうなんだよなぁ、オレを置き去りにして……。
ナフサさんの後ろにぴったりついて行きたいところ、でも如何せん、それではただでさえ見難い前景の全てがシャットアウトされて、物凄く心許ない。
悪いけれど、右斜め後方からナフサさんを盾にして接近させてもらう。
そう、卑怯上等っ。
オレは生粋の日本人とはいえ、武士道なんてモータルスピリットを継承する現代のラストサムライなどでは、断じてないんだもんね。
借屍還魂 ‐李代桃僵 の在栖川の徒、それも根っからの附属あがり。
ござんなれムッシュー、UCBのラインバッカーよりも先に逃げおおせて見せようぞ!
衝立てみたいになっていたイヌツゲの生える際 まで行くと、ナフサさんがレンジャー隊員の出すようなサインを右腕で示すので、オレはともあれ粛粛と立ち止まった。
お次はナフサさん、握り拳をクイクイッと動かす。
ナフサさんが下ろした腕の陰から、その先を垣覗 きする……。
なんだか、ヤケに明るい中にムッシューはいた。
オレたちのいる位置から先の地面は、土ではなく平らにコンクリートが敷かれていて、ライトの照り返しがムッシューの周りを白く浮き上がらせている。
そのコンクリートへじかにしゃがみ込んだムッシューは、背中を丸めて、何やら一心不乱に手先を動かしていた。
……どうやら、反り返った分厚い金属板に、棒ヤスリで溝を付けているみたい。
そんなことをしている完成形、シベルネティゼだっけか、一体どうなるのやら?
コンクリートの平場の向こうには、皆目見当もつかないパーツ類が所狭しと散らばって、植木と一緒に暗い影をつくり、テントの終わりがどこまでなのかををあやふやにしていた。
場違いにも、まるで物理実験室といった一角も窺える。
プレハブにあったのと同じロングデスク二つを合わせた上に、ハイエンドだからオレでも知っているラップトップが二台とも起動状態、数数の計測装置類までが雑然と据えてある。
ライトの光が届いていない暗がりには、ぼんやりと、拷問具を思わせるクレーンやら得体の知れないボンベやら、なんと小型のフォークリフトまでが鎮座しているのが見て取れた。
白いヴィニルシートで被われた大きな塊も幾つか確認できて、いずれにも
おそらく、作品のほとんどは既に出来ていて、ここでは組み立てや仕上げ、設置といった最終工程を行うカンジだと思えてならない。
ナフサさんに質問を浴びせまくりたくてウズウズしてくるのをグッとガマン。
さらに観察を続けると、ムッシューを背後から照らしているライトスタンドの脇にも、ロングデスクが置かれていた。
そのほとんどが、か細い幹で何本も密集して生える名前も知らない低木に隠されてはいるものの、どうやら、そこの上に飲み物なんかが置いてあるみたいだ。キャップの開いたペットボトルばかり、数本が見受けられるから。
……つまり、オレはあんな位置までムッシューに接近しなくちゃならないのか?
そんなぁ、二メートルと離れていないじゃないかよ──。
オレは、無意識の内にナフサさんの袖を引っ張ってしまった。
「何だい?」
ナフサさんの小声が、やたら響いて聞こえた。
それにかまわず、ナフサさんは気配をコロすというよりも、自分の体を戸口にぶつけないための慎重さで、テント内へと踏み込んで行く。
いざという場合には助けてくれるんだろうけれど、あの何喰わぬ顔にチラつく戯笑は油断ならない。
触らぬ神に祟りナシと、一目散に逃げだしそうなんだよなぁ、オレを置き去りにして……。
ナフサさんの後ろにぴったりついて行きたいところ、でも如何せん、それではただでさえ見難い前景の全てがシャットアウトされて、物凄く心許ない。
悪いけれど、右斜め後方からナフサさんを盾にして接近させてもらう。
そう、卑怯上等っ。
オレは生粋の日本人とはいえ、武士道なんてモータルスピリットを継承する現代のラストサムライなどでは、断じてないんだもんね。
ござんなれムッシュー、UCBのラインバッカーよりも先に逃げおおせて見せようぞ!
衝立てみたいになっていたイヌツゲの生える
お次はナフサさん、握り拳をクイクイッと動かす。
ここへ来て
、見ろ
という意味だと思うから、逃げる意識をしっかりもって、そろり横へと移動。ナフサさんが下ろした腕の陰から、その先を
なんだか、ヤケに明るい中にムッシューはいた。
オレたちのいる位置から先の地面は、土ではなく平らにコンクリートが敷かれていて、ライトの照り返しがムッシューの周りを白く浮き上がらせている。
そのコンクリートへじかにしゃがみ込んだムッシューは、背中を丸めて、何やら一心不乱に手先を動かしていた。
……どうやら、反り返った分厚い金属板に、棒ヤスリで溝を付けているみたい。
そんなことをしている完成形、シベルネティゼだっけか、一体どうなるのやら?
コンクリートの平場の向こうには、皆目見当もつかないパーツ類が所狭しと散らばって、植木と一緒に暗い影をつくり、テントの終わりがどこまでなのかををあやふやにしていた。
場違いにも、まるで物理実験室といった一角も窺える。
プレハブにあったのと同じロングデスク二つを合わせた上に、ハイエンドだからオレでも知っているラップトップが二台とも起動状態、数数の計測装置類までが雑然と据えてある。
ライトの光が届いていない暗がりには、ぼんやりと、拷問具を思わせるクレーンやら得体の知れないボンベやら、なんと小型のフォークリフトまでが鎮座しているのが見て取れた。
白いヴィニルシートで被われた大きな塊も幾つか確認できて、いずれにも
取扱注意
の警告が英文で長長とプリントされていた……それらは電装品だろう、祖父ちゃんの工場で似たモノを見た記憶がある。おそらく、作品のほとんどは既に出来ていて、ここでは組み立てや仕上げ、設置といった最終工程を行うカンジだと思えてならない。
ナフサさんに質問を浴びせまくりたくてウズウズしてくるのをグッとガマン。
さらに観察を続けると、ムッシューを背後から照らしているライトスタンドの脇にも、ロングデスクが置かれていた。
そのほとんどが、か細い幹で何本も密集して生える名前も知らない低木に隠されてはいるものの、どうやら、そこの上に飲み物なんかが置いてあるみたいだ。キャップの開いたペットボトルばかり、数本が見受けられるから。
……つまり、オレはあんな位置までムッシューに接近しなくちゃならないのか?
そんなぁ、二メートルと離れていないじゃないかよ──。
オレは、無意識の内にナフサさんの袖を引っ張ってしまった。
「何だい?」
ナフサさんの小声が、やたら響いて聞こえた。