073 縦と横の間に独りの ︴︴︴ ‐1st part‐
文字数 1,828文字
「……でもぉ、その葉植さんの説では、ドッペルゲンガーとは言えなくなるんじゃないですか?」
「ドッペルゲンガーは、ドイツ語で
「ウ~ン……」
て言うか、実際に二重に出歩いてる場合のことだけをドッペルゲンガー現象と呼びたいんですけれどぉ。
どうせ都市伝説の一つなんだし、って、都市伝説だとオレは端から疑いもしていないんですし。
「つまり、個人的主観で同一人物が二人存在するーって思い込むだけだから、それが病気じゃない誰かの頭の中で起こっても同然なことなのー。しかも無責任なこじつけだからー、いつでも幾らでも起こり得る。でしょー?」
「……でしょうか、ね?」
もはや詭弁だぁ。前提をサラ~ッと無視、なおかつ御都合主義を逆手にとりつつ完全迎合までっ。
でもツッコめねぇー、返り討ちに遭うだけムダ~。
「それにー、自分でゆーのも何だけど、ボクみたいなコって、ボクらの同年代にはいないだろーけど、下の年代にはフツーにいるよ。ボクもしょちゅう、知らない人から手を振られたり、声をかけられるものー。ヒドい時は、小学生の児童に間違われてるー」
何か今、これまでとは別の種類のぎこちなさを、葉植さんから察知できたんだけれど?
……それが、オレのオチョクリを煙に巻こうした狼狽なのか、オレがドッペルゲンガーについて多少の知識を有していたことに対しての、緊褌 だったのかまでは、きごちなさゆえに判別できなかった。
しかしながら、やはり何をツッコもうが抗弁しようが、葉植さんはオレの相手になりゃしない。
あらゆることが自分流に咀嚼され、溜飲され、身についていて、理論武装の戦力にしてしまっているカンジ。
でも、そうだよなぁ……そもそも、天文分野と理数系科目についてならいざ知らず、身長が一七〇センチにも届かない緑内が、自分よりも小柄な女のコ、ってこと以外を確実に憶えている依拠なんかない。
当人も、自分が遭遇し続けたのが葉植さんかどうか、相当に模糊としていたからオレにワザワザ確認したんだろうし……。
まぁ別に、緑内が話していた妙な女のコが葉植さんじゃなくたって、オレには全然かまいやしない瑣末事なんだけれど。
「──おまえ……んか、……ン臓……穿裂 かれて死ねぇやっ!」
「へっ?」
視線を上げて辺りを見まわしてみるも……今の声の該当者はいそうにない。
オレたちの後ろを歩いている人とは距離がありすぎるし、すれ違おうとしている人は中年の男性だ。
今のは、しゃがれた老婆の声だった。
葉植さんが腹話術の上に、声色まで変えたとも思えないし……。
「何ー?」
「……葉植さん、今オレに何か言いました?」
「ゆわないよー。でーも、さっきからポツポツ誰かの誑惑の声が聞こえてるー。若そーな女性が、ボクの耳元で囁いたー」
「マジで? 今オレは、なんか婆さんの声でした……」
「フゥーン。いつもの幻聴じゃーなかったんだねー」
「そんな葉植さん、いつも幻聴なんかしちゃってるんですか?」
「ウン、しょっちゅー」
って、そんな末期症状的なことをイケ洒蛙洒蛙 と、真顔なんかで暴露しないで欲しいんですけどぉ──。
すると葉植さんはだしぬけに立ち止まった。
オレも何事かと、多少ビビりが入って足が止まる。
葉植さんがオレへ体ごと向けた顔がまた、まるで感情が表れていないもんだから、胸騒ぎまでしてきてしまう。
「楯クン、アーンしてごらん、ア~ン」
「な、何ですか? 唐突に」
「楯クンは、歯医者でつめ物の治療してるー?」
「して、ませんけれど……」
そう。オレは肉付きと精神状態は不健全でも、歯医者にだけはかかったことがない、歯科検診を除いて。
しかしながら、オレが口を少し開けたところで葉植さんは前進を開始──そのままオレを横切って置き去り、道路を右へと曲がって行こうとする。
我ながらまた見事な唖然ではあるけれど、慌忙と口を閉じてその後を追うしかない。
葉植さんが、そうして向かう先にはなんと、通りの中央で空を見上げるムッシューの姿があったから。
遠目ではあるものの、オレは視力もトゥエンティ-トゥエンティ(両眼とも2.0)。ムッシューは見憶えのない白いハーフコートを羽織ってはいた。
「ドッペルゲンガーは、ドイツ語で
二重に出歩く者
って意味だからー、厳密には、ブルッガー博士の説も、アーヘン大学病院のクラウス・ポドル博士の偏頭痛の前兆現象としての幻覚って解釈も、実際に世間を二人の同一人物が出歩いているわけじゃないのー」「ウ~ン……」
て言うか、実際に二重に出歩いてる場合のことだけをドッペルゲンガー現象と呼びたいんですけれどぉ。
どうせ都市伝説の一つなんだし、って、都市伝説だとオレは端から疑いもしていないんですし。
「つまり、個人的主観で同一人物が二人存在するーって思い込むだけだから、それが病気じゃない誰かの頭の中で起こっても同然なことなのー。しかも無責任なこじつけだからー、いつでも幾らでも起こり得る。でしょー?」
「……でしょうか、ね?」
もはや詭弁だぁ。前提をサラ~ッと無視、なおかつ御都合主義を逆手にとりつつ完全迎合までっ。
でもツッコめねぇー、返り討ちに遭うだけムダ~。
「それにー、自分でゆーのも何だけど、ボクみたいなコって、ボクらの同年代にはいないだろーけど、下の年代にはフツーにいるよ。ボクもしょちゅう、知らない人から手を振られたり、声をかけられるものー。ヒドい時は、小学生の児童に間違われてるー」
何か今、これまでとは別の種類のぎこちなさを、葉植さんから察知できたんだけれど?
……それが、オレのオチョクリを煙に巻こうした狼狽なのか、オレがドッペルゲンガーについて多少の知識を有していたことに対しての、
こりゃ迂闊なことはもう言えねぇぞ
っていう気のしかしながら、やはり何をツッコもうが抗弁しようが、葉植さんはオレの相手になりゃしない。
あらゆることが自分流に咀嚼され、溜飲され、身についていて、理論武装の戦力にしてしまっているカンジ。
でも、そうだよなぁ……そもそも、天文分野と理数系科目についてならいざ知らず、身長が一七〇センチにも届かない緑内が、自分よりも小柄な女のコ、ってこと以外を確実に憶えている依拠なんかない。
当人も、自分が遭遇し続けたのが葉植さんかどうか、相当に模糊としていたからオレにワザワザ確認したんだろうし……。
まぁ別に、緑内が話していた妙な女のコが葉植さんじゃなくたって、オレには全然かまいやしない瑣末事なんだけれど。
「──おまえ……んか、……ン臓……
「へっ?」
視線を上げて辺りを見まわしてみるも……今の声の該当者はいそうにない。
オレたちの後ろを歩いている人とは距離がありすぎるし、すれ違おうとしている人は中年の男性だ。
今のは、しゃがれた老婆の声だった。
葉植さんが腹話術の上に、声色まで変えたとも思えないし……。
「何ー?」
「……葉植さん、今オレに何か言いました?」
「ゆわないよー。でーも、さっきからポツポツ誰かの誑惑の声が聞こえてるー。若そーな女性が、ボクの耳元で囁いたー」
「マジで? 今オレは、なんか婆さんの声でした……」
「フゥーン。いつもの幻聴じゃーなかったんだねー」
「そんな葉植さん、いつも幻聴なんかしちゃってるんですか?」
「ウン、しょっちゅー」
って、そんな末期症状的なことをイケ
すると葉植さんはだしぬけに立ち止まった。
オレも何事かと、多少ビビりが入って足が止まる。
葉植さんがオレへ体ごと向けた顔がまた、まるで感情が表れていないもんだから、胸騒ぎまでしてきてしまう。
「楯クン、アーンしてごらん、ア~ン」
「な、何ですか? 唐突に」
「楯クンは、歯医者でつめ物の治療してるー?」
「して、ませんけれど……」
そう。オレは肉付きと精神状態は不健全でも、歯医者にだけはかかったことがない、歯科検診を除いて。
しかしながら、オレが口を少し開けたところで葉植さんは前進を開始──そのままオレを横切って置き去り、道路を右へと曲がって行こうとする。
我ながらまた見事な唖然ではあるけれど、慌忙と口を閉じてその後を追うしかない。
葉植さんが、そうして向かう先にはなんと、通りの中央で空を見上げるムッシューの姿があったから。
遠目ではあるものの、オレは視力もトゥエンティ-トゥエンティ(両眼とも2.0)。ムッシューは見憶えのない白いハーフコートを羽織ってはいた。